《ぼくモノ》は序章です。  《ぼくたちに、もうモノは必要ない。》読了記 沼畑直樹

6月5日、クロアチアに出発する金曜日。

20日に佐々木さんとコペンというクルマを借りてドライブに行くと決めていたのに、急に別の仕事が入ってしまった。

もう飛行機の中に入ってしまったので、佐々木さんに急遽レンタカーのキャンセルをお願いした。

引っ越しや出版のお祝いのつもりだったのに。

 

ドーハ経由で長時間かけて着いたザグレブのホテル。

ベッドに倒れ込むと、佐々木さんから「初日売れました」というメールが来た。

なんということだろう…。

ミニマリズムの本が、売れた。

このクロアチアという国は、佐々木さんとも因縁が深い。

そもそも、私と佐々木さんとの出会いは、このクロアチアで行った写真集の撮影だ。

アドリア海側のイストゥラ半島を舞台にした撮影は本当に刺激的だった。

私はクロアチアの風土・文化の影響を受けてベランダを改装したり、ベランダでワインを飲むようになったりした。

以来、佐々木さんとは4回ほどクロアチアの仕事をしている。

 

このブログをお読みの方はご存じの方もいるかもしれないが、2013年11月の大谷英子写真集の撮影でクロアチアのドブロブニクに行ったとき。

それが佐々木さんと「片付け」の話をした最初のときだ。

五反田に住む上小沢さんの平屋を見て以来、モノのない小さな家と、駐車場の1台のクルマという組み合わせに強烈な憧れを抱いた私は、ドブロブニク出発前に夫婦で断捨離を実行し、ゴミ袋だらけで家を出た。

その話を、ドブロブニクの海岸線を歩く朝、佐々木さんにした。

 

いつもは私の話を聞いても、それほど反応がない彼が、

「それ興味深いですね」

と返してきた。

 

それまでの彼は、「なんでも興味があるような、ないような」答え方をする人だった。

「優しさのようなもの」があって、それは心地良いのだが、互いに意見をぶつけあう議論のようにはならない。

その彼が、興味を示してきた。

どきっとしたのを覚えている。

 

私は当時、「部屋を片付ける」という行為だけでは説明できない「何か」に魅力を感じていた。

それは、「モノを持たずに世界を旅する」「身軽にして引っ越ししまくる」「習慣を変える」的なもので、未来的実験のような行動に対して魅力を感じていたと思う。

そのなかの一つに、「モノを捨てる」があった。

 

帰国後、「モノ捨て」に邁進し、片付いた部屋でコーヒーやお茶を楽しんだ。

しばらくして佐々木さんと仕事帰りにカフェに寄ると、驚くような状況になっていた。

佐々木さんの、状況である。

 

佐々木さんはぽつりと、「僕も部屋片付けましたよ。コーヒーがほんとにおいしいです」と語り出した。

「今読んでいる本」話でも、同じ本が多くて驚いた。

たしかに、私が「Japan Detox」というテキストで「ミニマリズム」「ミニマリスト」の言葉を使ったとき、佐々木さんは何かその件について感想をくれていた。

それ以来「ミニマリスト」が気になったらしく、ついには「本を出したい」と言い出した。

すでにミニマリズムの本は何冊か出ていたが、どれも日本で売れている気配はない。

もし売れれば本当に凄いが、マーケットはその時点で小さいように感じた。

 

しかし数ヶ月後、企画は通った。

その後、本の内容について意見を出し合ったが、今完成した本を目の前にすると、本当に「卵」のような状態だったと思う。

ウェブ《ミニマル&イズム》の起ち上げは、当時の感覚ではまず、本の宣伝力がまったくないと思ったからだ。

小さくてもいいから、まずは発信力を作ろうと思った。

もしかしたら、ミニマリストの繋がりができるかもしれない。

 

といっても、最初は二人でシングルオリジンのチョコレートを食べたり、和食を食べたりしてブログ発信していた。

なぜか最初からアクセス数がまぁまぁあったが、誰かに読まれているという感覚はなく、二人で好きなことを書いていた。

やがて佐々木さんがオフ会荒らしをするようになってからグンと伸びた。

ツイッターも軽い気持ちで勧めたのだが、途中まで佐々木さんがツイートをたくさんしていることを知らず、最近になってあのたくさんのツイートを見て驚いた。

 

気づけば、初日で本は見事に売れた。

ゼロから見ている私には、少々信じがたい。

 

佐々木さんは本でも書いているとおり、人に会ったりブログ等で発信したり、繋がったりという方法は持っていなかった。

途中からその魅力と可能性に気づき、発展させていったと思う。

その変わっていく様は感動的でもあった。

吉祥寺の井の頭公園前で飲んだときは、佐々木さんから積極的なミニマリズム論を聞けた。

おかげで私も自分に問いかけ、今のテーマに繋がる《『今日の夕陽きれいだった』と
ツァラトゥストラはツイートする。 http://minimalism.jp/archives/400#more-400》が書けた。

以来、私が2歳の娘には教えるべきことはただ一つ、「空きれいだね」と知った。

 

 

そのようにして、佐々木さんと私は、この1年で「ミニマリズム」との付き合い方を大きく変えてきた。

私は「空」「何もしない」「一人旅」「クルマ」「習慣」「作法」といったテーマを追究しつつ、ミニマリズムと付き合っている。

大自然の中で椅子を置き、自然を眺めたい。

そこにテントがあったとしても、その中には何もない。

ミニマリズムを感じながら、夜を明かす。

 

私は勝手にそう考えているが、佐々木さんも勝手に同じようなことを考えている。

ダイビングには行くし、座禅には行くし、「この僕がアウトドアにすごい興味があるんです」と神保町でのランチ時に笑っていた。

いつか一緒にバイク免許を取って、遠くに行こうとよく話している。

 

だから、《ぼくモノ》は序章である。

この本を読んだ先には、積極的になった佐々木さんのように、外へ出て行くようになった佐々木さんのように、次がある。

私と佐々木さんは今、さらにその次を模索中だ。

 

部屋の片付けが終わったら、次は外。

ミニマリズムの魅力は、世界中に溢れていて、コーヒーを楽しむ場所はいくらでもある。

1年と少し前、片付いた部屋で飲むコーヒーの美味しさに気づいた。

次はまわりに誰もいない自然の中で、コーヒーを淹れてみよう。

道具はまだないけれど。

 

 

 

 

※写真は今回の旅で撮影したクロアチア・フムでの夕景です。

 

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この記事を書いた人

『最小限主義。』、写真集『ジヴェリ』『パールロード』他(Rem York Maash Haas名義)、旅ガイド『スロウリィクロアチア』他

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