『2001年宇宙の旅』のミニマリズム
沼畑直樹

『2001年宇宙の旅』のミニマリズム<br />沼畑直樹

一番古いスター・ウォーズ(エピソード4)を久々に観た。

英語が古めかしくて、音も悪いので聞き取りが難しい。

でも、ストーリーとしては一つ前にあたるエピソード3を観たあとだったので、物語が繋がっていて新鮮に楽しめた。

気になったのは、惑星の描き方。この作品よりも前に発表された『2001年宇宙の旅』より、リアルじゃない。

 

調べてみると、公開年は1977年。2001年~は1968年だから、9年もの差がある。

2001年〜では地球のすぐ上からのショット(今の宇宙ステーションから見えるような景色)が多いけれど、それほど本物と違いはない。

スター・ウォーズのほうは地球じゃない惑星なので難しかったのかもしれないが、2001年宇宙の旅のクオリティに改めて唸らされてしまった。

1968年ごろの人類が描く宇宙のイメージとは、いったいどんな感じだったのだろうのかと、考える。

その頃に地球のすぐ上から地球を眺める本物の映像というのは存在したのか。

時代的に、有人飛行はすでに成功していて、ユーリ・ガガーリンが1961年に地球を眺めている。

と思ったら、ソ連は画像や情報を海外に公開していなかった。

しかし、写真というなら、それよりもずっとずっと前、戦後すぐに撮られた地球の写真がある。

1946年10月24日に、米軍がナチスのロケットにカメラを乗せて撮影していたのだ(モノクロ、下の写真)。

スクリーンショット 2016-04-27 13.36.53

その後アメリカは1958年に人工衛星を打ち上げ、翌年ヴァンガード2号はカメラを搭載し、地球上の雲を映し出した。

1960年4月には可視光カメラを搭載したタイロス1号の打ち上げに成功。

タイロス1号

写真はご覧の通り雑なものだが、この後もタイロスは打ち上げられたので、精度は増していっただろう。

1967年には、衛星からはこんな地球全体像も撮られている。まるで、後にカラー撮影される有名なザ・ブルー・マーブル(1972年、アポロ17号によって、太陽を背に地球全体像を撮影した写真)そっくりだ。

地球全体像

それぞれがモノクロでカラーのイメージが湧かないが、1968年のアポロ7号(初の有人周回飛行)はついにカラー。

AS07-08-1919

でも、映画公開の後だった…。

映画公開は同年4月、小説は7月で、7号は10月。

つまり、圧倒的に少ない情報で、あの映像は作られたのだ。

 

調べていると、謎が増えていく。

映画の中に出てくる、地球全体を捉えた映像は何なのか。

あのモノクロ写真をもとに、作り上げたものなのか。

人類が最初にひと目で地球全体像を見たのは、7号の直後、8号の乗組員だ。

アースライズ

これは8号によって月の近くから撮影されたもので、それくらいまで離れないと、こういった全体像にならない。

日本語で「地球の出」。英語でアースライズと呼ばれ、先に述べたザ・ブルー・マーブルよりずっと古い。

この写真が「史上もっとも影響力のあった環境写真」として知られるのは、この写真によって人々が「地球は小さい」と捉えることができたからだ。

人間からすると大地は広いけれども、資源は限られているのだという考え方が生まれた。

もし、この写真を監督であるキューブリックが見ていたのなら納得だ。

映画の中のビジョンは、完璧になる。

 

しかし、この写真が撮られたのは、1968年のアポロ7号の直後だから、公開年のクリスマス。人類がはじめて丸い地球を自分の目で観たのは、『2001年宇宙の旅』の後だった(8号は人類として初めて地球周回軌道を離れ、地球全体を人目で見た。月に着陸はしなかったが、裏側を初めて確認し、月から「地球の出」を体験した)。

つまり、映画の「地球全体像」は、断片をつなぎ合わせたイメージで作られた(と思うしかない)。

映画のファンとなった8号乗組員によって撮影された1枚の写真は、後に地球の環境問題の歴史を作った。意識が次の段階に移ったのだ。

『2001年宇宙の旅』の小説版作者(実際にはストーリーはキューブリックとの共作)であるアーサー・C・クラークは、その後のアポロ11号における月面着陸によって、「前の時代に別れを告げた」と語っている。

映画は後年、次々と起こる実際のイベントの実写映像と比較され、驚嘆された。

アポロ11号、スカイラブ、シャトル。

それぞれのデバイスが撮影した地球や宇宙船自身の写真。

スター・ウォーズの宇宙船映像はある程度リアルだが、それは『2001年宇宙の旅』があるからで、それよりリアルかと言えば、そうでもない。

 

 

キューブリックが公開前に行った3つのミニマリズム

『2001年宇宙の旅』は、「地球を小さく捉える」という人類の意識を具体的なイメージとして盛り込んだ映画だ。

原始時代の骨が宇宙ステーションに変わるジャンプショット。二つのステーションは、東西冷戦の未来として、それぞれの敵対国に向かって核弾頭ミサイルが搭載されている。

映画のラストに出てくるスターチャイルドは、地球をおもちゃと捉え、二つのステーションもくしゃみをするように破壊してしまう(映画では描かれていない)。

小説では、地球を破壊しようか、しないかは、後でゆっくり考える…という結末だ。

 

キューブリックは、「空間」という意味でもミニマリズムを感じさせるシーンが多い。

シャイニングにおける、冬、人里離れたホテルで小説を書くという設定。

ただっぴろいホテルのロビーの真ん中に机を置くというスタイル。

2001年~では、最後に主人公ボーマンがシンプルな部屋で年を取るシーン。

あの部屋がシンプルなのは、モノリスが地球のTV映像を受信し、その映像をもとに作り上げた部屋だから。

なので、小説では引き出しなどが実際に使えないただの箱だと書かれている。

しかし、この記事のタイトル通り、「2001年宇宙の旅のミニマリズム」とまで言うなら、説明はまだ足りない。

彼はやっぱり、映画監督としてのミニマリストだ。

だって、ナレーションがない。

あるはずのナレーションが、ない。

 

事件が起こったのは、ニューヨーク試写、全米公開の3ヶ月前。

まず、彼はオリジナル音楽のミニマリズムを行った。作曲が終わっていたオリジナル曲の採用を突然やめた。

エイリアンもミニマリズム。当時の技術では上手く作れず、実際に試したが納得いかずに不採用。

この程度のミニマルならいいが、大事なナレーションを、この時期に外したのだ。

結果、初めて観た人には意味がわからない映画になった。

小説もまだ発売されていないから、まさに「想像力の余地」を、残しすぎるほど残した。

冒頭の宇宙船か宇宙ステーションにミサイルが積まれているかどうかはどう観てもわからないし、ボーマンの最後の部屋のシーンも小説を読んでなければ意味不明だ。スター・チャイルドだって、未だに何なのか知らない人もいる。

だからこそ議論になり、作品周辺は盛り上がった。

キューブリックが作品計画段階で考えていた「語り草になるようないいSF映画」はこうして誕生したのだ。

 

ちなみに、アポロ計画(NASA)は当時、『2001年の宇宙の旅』の制作費分(1千万ドル)くらいを毎日遣っていたと、アーサー・C・クラークは述べている。予算がマキシマム。

Author Profile

沼畑 直樹
Numahata Naoki

『最小限主義。』、写真集『ジヴェリ』『パールロード』他(Rem York Maash Haas名義)、旅ガイド『スロウリィクロアチア』他
英語を母国語として学ぶ http://mothertongue.jp


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