自然の波動に合わせる  ~リトリートとミニマリズムの共通点~  沼畑直樹

自然の中にある建物に住んだり、佇んだりすることで自分を見つめ直すリトリートを提唱している臨床心理士の松尾祥子さんとミニマリストの沼畑直樹が対談しました。場所は沼畑邸。リトリートとミニマリズムの相性について探りました。

沼畑 私はミニマリズムの考えで部屋にモノをあまり置かないようにしているのですが、毎朝家を出るときに、泊まったコテージから出発する朝みたいな感覚になるんですよ。
松尾 たしかに。ホテルっぽいですね。何もない空間の清々しさですよね。
沼畑 それとリトリートの感覚って近くないですか?
松尾 リトリートの概念は退避所なので、家がなくてもいいんですよ。自然の中でもいい。ただ、日常から離れて、自分の心と向き合って、普段は周囲に合わせて無理しているところを、本当の自分をこう思っていたんだと気づくということができるんですよね。
沼畑 普段は都心で暮らして、週末は別荘で暮らすという発想もリトリートの中に入りますよね。
松尾 そうです。それもリトリートです。
沼畑 ホテルやコテージ、別荘だと気持ちよく眠れるなと分かっていても、家には自分の好きなモノがいっぱいあって、なんだか良く眠れないということもあると思うんです。ミニマリストはそこを自分の家の日常の部分でやってしまうということなんですよね。
松尾 好きなモノに囲まれているって本当に幸せだなって思ってたけど、好きなものって常に変化していくし、 実は過去の好きに縛られているんですよね。
。この沼畑さんの部屋だと、今日好きな花を飾ってもいいですよね。今日の私に好きなものって何だろうって考えられることって、すごくいいことだなって思いました。
沼畑 不完全な状態にしておくことで、次に集中できるという感じがあるんです。
松尾 脳の中も当たり前がいっぱいだと、新しいものは生まれないですよね。
沼畑 以前は私の部屋も自分を主張するモノでいっぱいだったんですけど、お客さんにとっては押し売りでしかなかったんです。でも私はそれがいいと思っていた。自分を主張できるから。
松尾 たしかに。何もないと引っ越したてのときみたいですね。あのときってワクワクしますよね。
沼畑 家具が入る前の家はほんとによくて、友達も呼びたい。ある人から聞いたんですけど、家族で家具が入る前の、電気も通る前の部屋に先に入って、窓からみんなで月を見てたっていう話があって、その体験がすごく良かったらしいんですよね。
松尾 たしかに。それ、いい話ですね。
沼畑 引っ越し業者さんが家具を入れた瞬間にその夢は崩れ去るというか。
松尾 私も本当にそうだった。モノが入ると自分の家になっちゃってねって言ったのを覚えてる。新しく作り替えたのに、自分たちのモノを入れたら結局、前と変わらないっていう(笑)。
沼畑 そういうこととリトリートって通じてますよね。
松尾 私がリトリートに注目したのは、もともと山を登ってたからなんです。山登りに行くときって、なるべく軽量にしないと疲れちゃうので、吟味をする。その過程で、こんなちょっとでおいしいコーヒー飲めて、朝陽が見れて、本当にリッチな体験をして帰ってくる。それで家に着くと、これはなくちゃいけないと思っていた生活のいろんなことが、「なんだいらないかも。自分の肉体と心があれば生きられる」って思ったんです。そうやって思うことが必要だった。だからリトリートっていう概念が自分の中でもできあがって、そういう体験をすることで、ゴージャスな食べ物でなくても、風に吹かれながら食べるバナナって美味しいよねっていうふうに変わっていく。
沼畑 ミニマリストも多くの人が自然を求めるところがあって、執着を離したあとに自然に身を浸したいってなるんですよね。それは順序として部屋を片付けてから自然にいくということですが、松尾さんみたいに先に山に行ってという順序もある。
松尾 執着を手放していくと、こういう空間になるのは凄く共感する。どこかで当たり前の生活というか、家ってこういうものだよねっていう概念でみんな出来上がっているんだなぁって思います。
沼畑 便利にしたいというのが第一にあると思うんですけど、それ自体は問題がなくて、ただゴールがわからないんです。
松尾 工夫すれば絶対に、それに近いものができると私は思っている。キャンプ場や山もそうじゃないですか。飛行機の中でそうだったし(※フライトアテンダント時代)、限られた資源の中でやりくりしてたので、限られた空間でなんとかするっていうのは楽しかった。でも日本のものは非常にきめ細やかなニーズに応えるモノがいっぱいある。だから買っちゃう。買ったらお金出しているので、捨てられない。
沼畑 豊かさの代償だと思うんですよね。100円ショップにモノがいっぱいあって、それが買えないわけではないし、買えるんだから、欲望は勝る。目の前に用意されていれば買ってしまう。でも先進国ではないところではそもそも売っていない。片付けやミニマリズムが日本で今話題になっているのは、やはり先進国の話だと思います。
松尾 本当はクリエイティブに自分で作ることって楽しいんですけどね。オーストラリアのエコビレッジとかではゴミを出さないのが基本で、自分でなるべく作っていく。それを見た子どもたちは、帰ってきてからゴミを漁っていろんなものを作り始めた。お手本があれば、子どもたちはやってく。大人たちは過去の記憶に縛られているけど、子どもは面白いと思ったらできちゃう。
沼畑 自分の同級生がみんなキャンプの方向に行っているんですけど、やっぱり大人になっていろいろやらなくなって、キャンプでは自分で炭火で何か焼いたり、そういう皮膚感覚がいいですよね。
松尾 グランピングも流行ってるんですよね。
沼畑 あれももともとお金持ちが自然の中で豪華に過ごすという遊びなので、リトリートと似ている感じはあるかもしれません。豪華なモノは使いますが。松尾さんの別荘はどうなんですか?
松尾 別荘は母の持ち物なので、だんだんモノが増えてきました。でもそれは母の生き方だから。あたしにとっては、山の拠点なんです。大自然の中に入るための拠点です。中央アルプスや南アルプスに一人で行くんです。楽しいですよ。究極に自分のわがままで居られるから。日帰りですけどね。普段も行き詰まったら公園に行って、空気を吸って帰ってくる。近くに公園があっても、そこをリトリートに使えない人もいる。五感の使い方なんですけど、公園の中で将来のこととか、心配事を考えているとできないんです。それはたとえば私が行くような自然の中に行っても、同じことなんですね。リトリートをするためには、五感を完全に自然に集中させていく。見るものは自然物を見て、さわって、匂って、できれば食して、波動を合わせるようなことをやっていけば、10分でもリトリートになる。それで家に帰ってくると、自然のリズムにフォーカスされてるから、焦りとかがなくなるんです。長野や富士山麓の自然の中にみんなを連れて行ってリトリート体験を行っているんですが、そこでの匂いは都会のものに比べて抜群に気持ちいいし、五感を開きやすくなるんです。気持ちいいから、呼吸の深さのレベルがあがっていく。一度できると、それが都会の公園でもできるようになるんです。自然と波長を合わせる場を自分で作ることができればいいんです。
沼畑 ベランダに椅子を置いて、空を眺めてると自然の中にいるような気分になるんですが、それも波長を合わせているのかもしれないですね。私は近所の井の頭公園でも小さい公園でも、自分で椅子を持って行って座るんです。自分で自分の居場所を決めると、突然まわりの風景を感じることができるようになる。素通りすると感じられないんです。
松尾 すごいわかります。
沼畑 落ち着かないのは自分が居場所を決めてないからだと思うんです。旅行でも、お土産品店をまわるより、なんでもない場所に座ってみるといいんですよね。そこで過ごそうと決めると、ふっと空気が体に入ってくる。
松尾 空気を感じないまま、経験をしたよねという感じで旅が終わってしまうというね。私は常に持ち歩いているものがあって、レジャーシートなんです。それを持ち歩いていると、どこでも座れる。船旅(世界一周の客船旅行)でも持っていって、立ち寄った公園で敷いて座ってました。するとやっぱりいい空気が入ってくる。それは 私のカウンセリングでも積極的に勧めているんですが、たいてい恥ずかしいと皆さん言う。
沼畑 中国の上海の路地の風景なんですけど、老人が夕方になると夕涼みで家の前に椅子を出して座っている。すごく豊かな過ごしかたですよね。自分の街を風景にする。じゃあ僕のマンションの前に置くかというと、できない。それが日本の街の今の計画によるものですよね。クロアチアのザグレブでも、レストランの外にあるテラスでみんなご飯食べていて、店内には日本人しかいないなんてこともあるんですよ。

夜遊びは悪い?

沼畑 夕方から夜にかけての時間を外にいたいと思うのですが、実際はなかなか難しいんです。娘を保育園に迎えに行って、家でご飯作っているともう夕方から夜になってしまう。一番豊かな時間を外で過ごせない。子どものいる家はほとんどそうだと思うんです。一家団欒が大事で、外に出てると夜遊び。最近はその時間を散歩で街をふらふらしたりするように心がけてます。夏祭りやキャンプはそこがいいんですよ。
松尾 谷根千とかは夕方、人がいっぱいですよね。すごいわかる。家中の窓を開けたり、オープンルーフになんないかなと思ったりする。そのくらいの時間にクルマに乗ってるのもいいですよね。
沼畑 クルマを椅子のある空間と見立てているので、道路の上に椅子を置いて空や雨を眺めることができる空間と私は捉えているんです。だからすごくそんなときに心が晴れやかになる。オープンカーだともっといいんですが。
松尾 そういう発想はなかった。自分の居場所を作るということですよね。私はいつも安全運転ばかり考えていて、心に余裕がないのかもしれない。車って居場所になりますよね。でもだから好きなのかも。自分の空間で移動できるということ。 家の前に止めてある車のなかで、一人でメンタルコンディションを整えてから、家に帰るという人もいるみたいですよ
蓼科までは3時間くらいかかるんですけど、一人でドライブして、歌いながら、時に共感して泣いたりしてます(笑)。今はサステナビリティの研究活動で、自然エネルギーを使った街作りの研究でよく地方に行っているんです。なので自然の中にけっこういて、すごく満たされているんです(笑)。なので最近リトリート企画がないんですが、そろそろ清里でやりたいですね。自分の真ん中にあるのは自然で、それは大自然であり、自分の自然に佇むという意味の自然でもある。私の活動の最初はアロマセラピストで、香りを嗅ぐことで自分の内面を探っていこうというのがあって。対話の方法に植物が使われているんですよね。そうしてカウンセリングを始めて、山登りもしていて、ある日、山が最大のセラピストだなって思ったんです。カウンセリングの過程に私っていうセラピストがいて、安心しているから相手は動くことができる。でも常に一緒に居られない。だから、それを少しずつ自然物に移行していてて、山のような自然があるからあなたは生きていけるよって語りかけるんです。

 

沼畑 空港の雰囲気が好きなんですが。
松尾 たしかに昔は大好きだった。飛行機のドアがクローズしたときのワクワク感は今もある。帰ってきたときの空港は安らぎを感じるし。
沼畑 もともと、そういうフライトアテンダントという仕事でなかったら、リトリートをやってましたか?
松尾 大学生のときはキャンプしてたんです。山登りは社会人になってから。欠かせなかった。自然の中に入らないとやってけなかった。メンタルヘルスについて考えたのは、自分にとって必要だったからです。
沼畑 飛行機で着いた先ではリラックスして過ごせてたんですか?
松尾 大勢で行動するとどうしても買い物になるんです。でも、たまに気の合う仲間と二人だけで過ごせる場合は、たとえばロスのビーチでのんびりしたり、ローラーブレードしたり、乗馬したりとか、山に登ったりしてました。でも、絶対怪我してはいけないので、あくまで安全な感じでした。勤務の延長なので、日本に帰ってきてからの三日間は山に行って、好きに過ごしてました。仕事は厳しかったし、時間は絶対という概念もあったのだけど、結局は人は生まれて死んで、その間にどれだけ愛情の交換ができるかというところに行き着いたんです。日本の当たり前に縛られて、会社のルールに縛られて、そこから降りてみると、絶対的なものだと思って縛られていることに多かったと気づいたんです。飛行機の中で時差のことを考えて、時間って人が決めているんだと気づいたんですね。それで、今何やりたいかと思ったら、アロマをやりたかった。だからフライトアテンダントをやめて、アロマの学校に通ったんです。それ以来、それが自分の心に従って生きようというサンプルになった。
沼畑 アロマテラピーと山は必ずしも結びつかないですよね?
松尾 ぜんぜん結びつかないですよね。限られたエネルギーしかないと思ってるから、それをどこに手向けるかって考えていて、今も限られた地球のエネルギーをどう使っていくかということを考えてるので、そこには一貫性があるんですよ。限られたもののなかで、豊かに生きる方法はなんだろうってことなんです。アロマも山も、そこは共通している。
沼畑 人は便利なものに囲まれていても生きていけるし、囲まれてなくても生きていける。だから環境がそれを左右するんですよね。電気をいっぱい使う家の環境があれば、たぶん便利でいっぱい使う。でも、使わない環境にすれば使わない。便利なものに囲まれているのに使わないのは難しいんです。
松尾 そうですよね。それに、地球のエネルギーもそうだけど、自分のエネルギーも限られてる。みんなは自分のエネルギーは限界があると思ってないのかもしれない。だからこれもあれもってなって、たくさん稼ぐという方向に体力を注いでいく。自分はそれだけ動いても死なないと思ってる。私はあんまり考えすぎると疲れちゃうしとも思ってる(笑)。だから手向けられるエネルギーは大事なものに注ぎたい。人間関係も本当に大事な人と築いているし、余裕があってパワーがあるなと思えばいろんな人と遊べるけど、普段は本当に会いたい人としか会わない。
沼畑 ある程度、年を取ると徹夜ができなくなったり、いろいろ限界がわかってきますよね。
松尾 そう。それが心理学で言うとミドルエイジ・クライシスで、ユングが生き方を変える時代って言っている。それが、「あ、失うものばかりだ」となると、すごくメンタルが落ちちゃうんです。勝ち組勝ち組ってなってきた人たちが、会社内で絶対的ポストが減ってきて、それでも勝ち続けることは大変で。社会基準の勝ち負けというだけなんですけど。人生では負けじゃないということに気がつけば幸せになります。全員がエースになれないし、そんな会社はあり得ない。本当はいろんな仕事に意義を見いだせるし、同期のサポートもできる。また、家族や友達との関係で必要性を感じたりすることもあるし、自分のハートに正直になることで幸せを感じることもできる。社会評価じゃなくて、自分評価ができるようになるといいんです。だから、レールから降りるという行動は実はすごく大事なんです。
沼畑 みんな頑張り屋さんということでしょうか。
松尾 そう。みんな頑張っている。うまくいっているときはすごくいいし、否定することではない。でも苦しみを感じているならば、降りどきの可能性もある。鬱病というのはとても苦しいけど、苦しいときがやってきたから、やっと降りられる。苦しくなければ、勝ち組の気持ちよさで降りる必要もない。降ろさせてもらえない環境というものある。家族のみんなが応援しているとか。でも、降りたら家族もハグしてくれるかもしれない。
沼畑 『LIFE!』という映画で、都会の大会社に勤めている主人公が大自然を旅したあとに、表情が変わるというシーンがあって、自然と向き合うことでNYの人間関係だけで生きてきた主人公の目の向け方が変わるというのが凄く印象的でした。
松尾 私も山を登っているときに、すごい岩場があって、もうパニック寸前だったんです。でも、そのとき、五感が自分に必要な情報だけにフォーカスしはじめて、渡り終わったら全体像がふわっと見えてきたんです。あ、人は死ぬか生きるかのときは、大切な情報だけにフォーカスできるんだと思いました。 そのフォーカスを意識的に使うと、物事がシンプルに見えてくる。
たとえば上司の寵愛を受けなくなると、その人にとっては死を意味するから、そこにフォーカスしてる。でも、その人が山に登ると、息をしてるって凄いっていうことにフォーカスしたりもする。そのときに本当にご寵愛は必要なのかって思えてきたりするんです。

部屋と調和する

沼畑 3.11以降、変わったことはありますか?
松尾 まず私は、年間3万人の自殺者に対して心を寄せることを続けようと思いました。自分の立ち位置をもう一度見た。実際にそのあと、カウンセリングに来る人が増えたんです。人生をもう一度見つめ直したいという人たち。そのままの人生を継続したいという人もいれば、人生を変えたいという人もいた。今もサステイナビリティの研究で会った人に聞くと、 3.11は人生や活動の契機になっている。
沼畑 フェスとかキャンプっていうのはもともと日常から逃れる場所として人気だったと思うんですけど、3.11以降は「日常を取り戻したい」概念もあった。すべてが変わってしまったから。もしくは、普通の静かな暮らしに本質があったんだと気づいた。普段の暮らしに集中して、大切にするために、モノを減らして、非日常と日常の境目をなくしたのがミニマリズムなんです。今まで非日常だと思って楽しんでいた自然の中で感じるような感性、集中力を部屋でも感じれるようにする。そのために床を拭いたり、食器を拭いたり、片付けたり、整理整頓したり、常に整えている。その行動自体に歓びを感じたりするんです。
松尾 毎日の中に聖なる 時間をもつ。リトリートに行くんじゃなくて、今日一日、社会に生きることで自分の調和とずれてしまったところを微調整して、自分の情緒がどうなのか受け取ってほしい。それが毎日10分間できればリトリートは必要ないのかもしれない。
沼畑 毎日家事することとか、毎日同じ風景を見て通勤することだとか、それが安定だったり調和に繋がることもあると思うんです。
松尾  私は船に乗っている時、家事がしたかった。自分で食事作って洗い物したかった。自分のための調味料作ったり、アイロンかけをすることとかが、大事なんだって気づきました。あと、突然ですがこの空間(部屋)って変化していく自分に調和していくんですね。常に部屋が私の考えに寄ってきてくれる。入ってから1時間30分くらいで、自分の様子が変わってきて、部屋の印象が変わってきた。
沼畑 僕はそれを勝手に「ミニマリズム性」って読んでいるんです。自分の波動とぴったり合うときがあるんです。
松尾 際立つ。これは…。普段、モノが溢れてるというか、モノがあると、それを排除しようとしながら、そうなりたいと思っているのかもしれない。見ないようにしたりして。ここは居心地の良さが際立ってます。面白い!
沼畑 取材に来る人たちも、機材を持ち込んで忙しくするんじゃなくて、一度一人になって5分でもゆっくりしてほしいと思うんです。そうすると感じるものがあるから。
松尾 豊かさが1時間半前と全然違う。ここ、豊かなんだって思った。
沼畑 それがそれぞれの人の部屋で起こると思うんです。試しにストレージに全部荷物を入れたらわかると思うんですが。
松尾 1年間やってみたい。でもやったら戻れなさそう。戻れないよね?
沼畑 戻れないです。
松尾 情報が多すぎってなりそう。
沼畑 情報が多いとある場所に辿り着くために邪魔になることもありますよね。
松尾 確かに。生き方を変えるのにこの部屋で暮らすのがいいかも。あと、もっと捨てられるっていうモデルを見た気がする。自分の中では十分断捨離したって思ってるし、シンプルに生きているつもりだけど、もっとやれるって思った。それに、その快適さがわかったから、期待値が上がってきた。本はどうしてるんですか?
沼畑 プライベートの本は全部捨てました。
松尾 ええ、潔(いさぎ)いい…。
沼畑 自分が出した写真集とか本とか、仕事用資料が数冊あります。あとは電子書籍ですね。
松尾 潔いいね。居心地の良さを感じてモチベーションがあがった。これ、家族にも体験してもらいたいね(笑)。

 

 

松尾祥子
臨床心理士、アライアント国際大学/カリフォルニア臨床心理大学院修士卒、アロマセラピスト、アートセラピスト、リトリートコーディネーター。1999年より「アロマ×心理×自然」をベースに、人、社会、地球の持続可能性に関心を寄せて活動。アロマテラピーやメンタルヘルス、ホスピタリティのコンサルタント、赤坂溜池クリニックにて統合的なアプローチにてカウンセリングやコーチングを行う他、コミュニティづくりや再生可能エネルギーの研究へ参加している。(株)SAFARI代表。HP: http://www.aroma-safari.com

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この記事を書いた人

『最小限主義。』、写真集『ジヴェリ』『パールロード』他(Rem York Maash Haas名義)、旅ガイド『スロウリィクロアチア』他

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