鶴見済「0円で生きる」 〜貫かれた倫理〜
佐々木典士

鶴見さんの本に、ぼくは何度も救われている。

 

10代20代の頃は少なからず「生きづらさ」を感じる人が多いと思う。

 

ぼくも今でこそ、のほほんと穏やかに暮らしているが、しんどいときもあった。鶴見さんが書かれたものがなかったら自死していたのではないだろうかと思う。しかも苦しい方法で。

 

 

鶴見さんはぼくの知らないことをいつもまとめて教えてくれる。丁寧に調べられたものを、本という形でシェアしてくれる。

 

鶴見さんの最初の本、完全自殺マニュアルからしてそうだった。

 

いろいろな自殺方法のリスクや苦しさなどがまとめられた本。ぼくが2度買ったことのある本は、この「完全自殺マニュアル」だけだ。

 

 

「いちばん迷惑がかからず、苦しくない自殺の方法は何か?」ということは誰でも知っておいて損はないはずだとぼくは思う。しかし、なぜか調べることさえ憚られるようなその知識を、本を通じてまとめて学ぶことができた。この本でいろんな影響を受けた人は多いと思うが、「いざとなったら楽に死ぬことができる」ということは、ぼくにはポジティブな影響があった。

 

 

新卒で入った大手の出版社を退社し、やりがいを求めて入った小さな出版社では人間関係がうまくいかなかった。そんなときに助けられたのは「人格改造マニュアル」だった。

 

 

新刊の「0円で生きる」でも知らなかったことがわかりやすくまとめられている。

ミニマリストであったり自分の持ち物が少ないということは、社会の中にあるものを共有させて頂くということ。必然的にシェアリングサービスなどには意識的になるが、それでも知らないことがたくさんあった。

 

 

例えば海外の例

・アメリカ版の「ジモティー」とも言える「Freecycle」は9000万人の会員で、400億円の経済規模を持っている。

・不用品放出市のRRFM(リアリー・リアリー・フリー・マーケット)は100以上の都市で盛り上がっている

・世界で捨てられている食べ物は、すべての食料生産の三分の一にもなること。日本が年間で捨てているまだ食べられる食べ物620万トンは、世界の食料援助よりも多いこと。

・ワークエクスチェンジにはWWOOFだけでなく、WorkawayやHelpXといったサービスもあること。

 

 

ミレーの「落ち穂拾い」という有名な絵画があるが、あれは農園の人が収獲しているのではなくて、収穫し残したものを貧しい人に拾わせるという施しの文化を描いている、というのも初めて知った。

 

 

法律なども丁寧に調べられているのもありがたく参考になる。

・DVDや映画などは非営利・無料であれば上映会を行うことができるということ。

・公道での商売は許可制だが、リヤカーでの豆腐の引き売りならば「移動している」ので問題ない。交通の妨げにならない範囲で、商売でなければ「0円ショップ」は道端で許可なく開催できるということ。

 

生活保護を受給するための条件、というのもいざというときのために、みんなが知っておいて損はないはずだがそういった知識も書かれている。

 

 

カウチサーフィンの実例や、初心者でも育てやすい野菜の紹介、ゴミ拾いのルポとそのコツ(!!)まで実体験を踏まえて書かれている箇所はとてもおもしろい。

 

 

そして各章の末にはレクチャーとして、贈与や寄付、私有制といったものの成り立ち、歴史的な背景といったややこしく、しかし抑えておきたい部分を解説してくれる箇所がある。

 

参考文献にあげられているポランニーや、買えば6000円以上するD・グレーバーの『負債論』なんて、なかなか手が出しづらいし読むのに骨が折れるけれど、そのエッセンスがわかりやすくまとめられている。

 

 

自分も書く側にまわったので、つい書く方の目線で本を読んでしまう。

 

 

鶴見さんはこの本を書くのに2年かかったとおっしゃっていたが、さもありなんという感じ。今の出版業界は短い期間で、たくさんの本を出さなくてはいけないような構造になっている。あとがきにも書かれていたが、今は数年かけて本を書かれるような方は少ない(というかそれだけでは食べていけない)。語り起こしをブックライターが書くというのが一般的なスタイルで(その方法自体が悪いわけではない)一部の本は文字数も内容もどんどん薄くなっている。

 

 

ぼくが今回の本を読んで感じいったのは、時間をかけて、人が調べづらいようなテーマを調べあげたものを本という形でシェアする 、本を出版するということに対して、今となっては貴重になってしまった「倫理」のようなものだった。

 

 

変な話だが「完全自殺マニュアル」のときからその「倫理」が貫かれていたのだと今はわかる。自分もそんな姿勢で、ものを書いていきたいと思う。

 

 

最後にこの本の大きなテーマである「贈与」について。

「贈与は単に物を貰って終わるものではなくたいていお返しの義務がある」

 

 

ぼくのところにも「とにかく本のお礼が言いたい」ということで感想のメールが来たりする。感想を送るなんて義務ではないし、1円の徳にもならないが、なぜそれを人はするのか?  今回それがなんとなくわかった。

 

 

人はあまりに多くを受け取ったと思ったら、自然に何かお返したくなるのだ。こうしてレビューを書くというのも、ぼくが鶴見さんから多すぎるものをすでに受け取っているからなのだと思う。

 


鶴見済「0円で生きる   小さくても豊かな経済の作り方」

いざとなったらタダで暮らしていけばいい。希望が持てる本。

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

作家/編集者。1979年生まれ。香川県出身。『BOMB!』、『STUDIO VOICE』、写真集&書籍編集者を経てフリーに。ミニマリスト本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は25カ国語に翻訳。習慣本『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス刊)は12ヶ国語へ翻訳。