半径5mからの環境学
「農的な暮らしについて シャロムヒュッテの臼井健二さんに聞く」
佐々木典士

長野県安曇野のゲストハウス、シャロムヒュッテは38年前に臼井さんとそのお仲間でセルフビルドされた宿です。自然と調和した農的な暮らしを長年続けられ、臼井さんのもとで多くの後進たちが学びを得て来ました。今の暮らしに至った経緯と、臼井さんの哲学をお聞きしました。初出:「むすび」2018年2月号(正食協会)

今月のゲスト 臼井健二(うすい けんじ)さん

1949年長野県生まれ。商社勤務、山小屋の小屋番を経て1979年、安曇野市穂高にシャロムヒュッテをオープン。2005年には北安曇郡池田町に姉妹宿シャンティクティを開設。著作に『パーマカルチャー事始め』(創森社)がある。

商社勤務から山小屋へ

 

──シャロムヒュッテがある穂高が地元でいらっしゃいますが、元々自然と近いところで過ごされていたんでしょうか?

高校の頃は山岳部で休みの日は常念岳なんかによく登っていましたね。その後は都会に出て、商社に入社しました。商社には1年半ぐらいいましてね。伝票を右から左に流して、自分が作ったものを販売するわけではないのに、それで利益が出てご飯を食べることができるということに違和感を覚えたんです。

──商社で働かれていた経験も気づきのきっかけになったんですね。

商社を辞めて、それからは大天荘という山小屋で5年ほど小屋番をしていました。山はある意味でユートピアなんですよ。持っているお金に関係なく、バテるときはみんなバテるし、雨が降ったら全員濡れて、翌日晴れると太陽の暖かさをみんなで感じる。誰もが平等でとても素晴らしい世界なんだけれども、その暮らしも実は消費社会なんですよね。もちろん自然と触れる機会は多いけれど、種を植えて、それが実を結んで、収獲してという生産のプロセスがここでも欠けていると感じました。そして27歳からシャロムヒュッテをつくり始めて、1979年にオープンしました。消費するだけではなくて、生産したい。そういう心の動きがありましたね。

曰く、「大工1人とバカ8人」で3年がかりでセルフビルドされたというシャロムヒュッテ。38年の実験の成果がこれでもかと詰まった宿。スタッフは若い人が多く気軽に宿泊できます。

毎朝シャロムヒュッテで行われるのが「エコツアー」。様々な農法の解説や、環境への取り組みを説明を丁寧に受けることができます。運がよければ、臼井さんの解説に当たることも。

みんなで作業する意義

 

──宿を作られたときに、すでに環境や持続可能性についての意識はおありになったんですか?

そうですね。パーマカルチャーという言葉を使うこともありますが、もともと江戸時代も里山の文化も、日本の伝統的な暮らしは循環型で持続可能なものだったと思うんです。そういう農的な暮らしをベースにしながら、その上に宿やレストランを構築していこうと思ったんです。たとえば食べ物にしても都会の生活のようにお金で解決すると簡単です。でも農的な暮らしってすごく大変で、だからこそみんなで集まって寄り添ってやることの意義が出てくるわけです。

 

玄米菜食の食事はドネーション制。カフェレストランも併設されています。安曇野の草原と、美しい山々を見ながらの朝食は格別。

シャンプーは重そう水+酢リンス。こちらに宿泊する間は、だれでも環境負荷の小さい生活を体験してみることになります。

 

──確かにこちらのワークショップで手植えの田植えも体験させて頂いたんですけど、その後にあぜ道にみんなで座っておにぎり食べたり、お茶したりが楽しかったですね。

みんなで一緒に作業した苦労と達成感は、コンバインとかトラクターでする作業とは少し違うんですよね。しかもそういう農機具や維持費にお金がかかり、豊かでなくなったりする。食べるものを売るためではなくて、自給するためでしたらがんばって耕さなくていいわけで、鋸鎌と、足踏み脱穀機、唐箕(とうみ)あたりで間に合うわけです。そして朝の30分ぐらいで畑仕事が済めば、他の仕事に取り組む可能性も広がってくる。

スキルを分け与える喜び

 

──ぼくも環境の意識作りのきっかけには、プランターでもいいから何かを育て始めることが有効かなと思います。消費だけしていると、自分が自然界のなかに属しているという感覚が薄れていくんですよね。

種を蒔くと、雨が気になったり、草が気になったりいろんな方向に目が向くんですよね。都会の暮らしって本当に便利でありがたいんだけれども、その逆で、分断して競争させるわけですよ。朝から晩までキーパンチだけしてもらえば、絶対的に効率があがるわけです。でもそれだけを仕事にすると嫌になってしまう。競争しているから憎しみもたまります。本来人間はもっと雑多にできていて、いろんなことをするようにできていると思うんです。そうすると飽きない。そうして培ったスキルを他人に分け与えることができる、そこがいちばんの喜びがあると思うんですよね。

──こちらでの暮らしも、完璧に自給自足とか、完全オフグリッド(電力会社の電力網から切り離されたエネルギー自給)を目指されているわけではないんですもんね。

完璧であるということは、すべてを排他するということでもあります。それよりも100人いれば、100人それぞれに秀でたところがあって、そして欠けているところがあって、お互い補い合う。それが本来の人間とコミュニティの姿ではないかと思います。

 

スキル交換の場として頻繁にワークショップも開催。こちらは「軽トラキャンパーワークショップ」の作業風景。野外保育「森の子」も同じ敷地内で運営。

 

──シャロムヒュッテに宿泊してみるだけでも、自分とは違う形の暮らしがあることがわかって環境への意識が高まると思います。臼井さんは旅もお好きで、いろいろな所に行かれていますね。

学生時代は旅をたくさんして、ユースホステルに150泊ぐらい泊まったと思います。旅も自分の環境を俯瞰するためには重要で、同じところにずっといるとわからないんですよ。蛙が同じ鍋のなかにいたとすると、そこで温度が上がっていっても我慢しちゃうかもしれない。でも外からぴょんと入ってきた蛙なら、暑いからすぐに飛び出しちゃいますよね。それと同じような気がするんですよね。価値観の違う場所で、違う風に吹かれてみたり、違う雨に降られてみる、そこから大きな刺激を受けます。私もこれから友人がインドで土地を買ったので、そこのお手伝いをしようと思っているんですよ。農的な暮らしをしながら、チベット文化を継承する場所を作るお手伝いです。日本ではもういろいろやったかなという気持ちもありますね(笑)。今まで学んできたことを活かして、恩返しのようなつもりで臨みたいと思っています。

 

臼井健二さんよりおすすめの1冊

ぼくを探しに』(講談社)

自分は欠けている。だから完璧に埋めてくれるかけらを探しに行く。「完成の手前で留まるのではなく、完成を超えること。これを禅の言葉で不均斉と呼びます。完成を超えても、見た目は一緒でやはり欠けている。でもその前後で心はぜんぜん違う。欠けていることを肯定できるといいですね」

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この記事を書いた人

作家/編集者。1979年生まれ。香川県出身。『BOMB!』、『STUDIO VOICE』、写真集&書籍編集者を経てフリーに。ミニマリスト本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は25カ国語に翻訳。習慣本『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス刊)は12ヶ国語へ翻訳。