京都ミニマリストオフ会(3)
「熱中できること」 
ジョブズと松岡修造、マザー・テレサとアインシュタイン

京都ミニマリストオフ会(3)<br />「熱中できること」 <br />ジョブズと松岡修造、マザー・テレサとアインシュタイン

オフ会にて、1人の女性と集中して話したテーマがある。

それは「熱中できること」がない。ということだった。

結婚をし、そろそろ子供も、とまわりにも期待されるタイミングでその問題に悩んでいた女性。 肘さんにとってのももクロのように、ドハマりできるものがなく趣味を転々としてしまう。自分が何かに熱中することのないまま、子供をもうけていいのだろうか。子供を育てることに熱中すればいいのか、自分が熱中できなかった夢を子供に託すようなことにならないか。

 

こういった問題に悩んでいるひとは、とても多いと思う。
今の日本に住んでいればほとんどの人は食べることにも住むことにも困っていない。マズローの欲求段階説をチラ見してみても、高い段階の悩みだ。 http://matome.naver.jp/odai/2138276425484692401

 

たとえば日本が戦争中であれば、なくなってしまう悩み。そうではないのだから、どうしても起こってくる悩み。 贅沢言うな、と簡単に片づけられる悩みではないのだ。

 

実際にその女性も、結婚もしている自分は他人の目からすると恵まれているはず、という自覚もされていた。 「熱中できること」をすること。これは幸福を感じる上で大切なことだ。

 

心理学者のチクセントミハイはその熱中を「フロー」と呼んだ。 幸せについてさまざまな立場から再検討していく映画『Happy』からチクセントミハイの言葉を引こう。

「(※画面にはロッククライミングをしている男性が映る)人は特別な理由もなく面倒な行為を遂行しますが、それは外的な要因でなく行為そのものが動機です。そのような意識のシナジーを「フロー」と名付けました。今の行為に集中して次にすべきことが明確でむしろ永遠に没頭したいという意識。それ以外は重要でないという心理状態です。例えば演奏する時にフローの状態になります。次に奏でる音符やコードが分かり、うまく演奏しているか意識できている状態です。この制御の感覚の中で人は抱えている問題を忘れ、面白いことに自分自身の存在さえも忘れます。そして時がたつにつれて生きるすばらしさを感じます。常に脳裏に存在するエゴも消えてしまいます」

 

ミニマリストの中でも「捨てて自分は何をするのか」と悩んでいる人がいるように思う。モノを捨てると、時間ができ、エネルギーも無駄に消耗されない。その時間とエネルギーを、暇つぶしとしか思えないものに費やしているミニマリストは多い。

 

「フロー」では自分自身の存在や、エゴを忘れる。 「フロー」ではない暇つぶしでも、ひととき自分の問題を忘れられる。 違うのはそのひとときが終わっても、生きるすばらしさは感じられないということだ。

 

どうやったら「熱中できるもの」に出会えるのか。オフ会でもうまく話せなかったし、いまでもぼくには答えがわからない。ただ「熱中できるもの」に出会えた人たちの言葉はそのヒントになると思う。

 

まずはスティーヴ・ジョブズ。

「素晴らしい仕事をするためには、自分の仕事を愛することが必要だ。まだ見つけていないのなら、探すのをやめてはいけない。安住してはいけない。心のすべての問題と同じで、答えを見つけたときには、自然とわかるはずだ」

 

「仕事」というのは単に職業のことを言うのではないと思う。毎日の家事、コミュニティでの活動、ボランティア、趣味など大きな範囲を含んでいる。ジョブズが教えてくれるのは、見つけたときにはそれが「わかる」ということだ。「熱中できるもの」が見つかってないと思えば、まだ見つかっていないから安心していい。見逃したわけではないのだ。

 

ぼくにもはっきり「これだ」とわかった。ミニマリズムに出会ったときがそうだ。ミニマリズムを通して幸せについて考えているとき、考えたことを誰かに伝えるために文章を書いているとき。それがぼくの「フロー」だ。

 

何のとりえもないぼくが本を読み、使えない頭で自分なりに考え、つたない文章にする。するとぼくはまわりの声がぜんぜん聞こえなくなる。ぼくは没頭し、時間を忘れている。そんなことに自分が出会えると思ってもみなかった。

 

次は松岡修造の言葉を引こう。

「100回叩くと壊れる壁があったとする。でも、みんな何回叩けば壊れるかわからないから、99回まで来ていても、途中であきらめてしまうんだ」 熱中するものを見つけるためには、探し続けなければならない。壁が壊れる音は、ジョブズが教えてくれたようにはっきり聞こえる。だから壁が壊れるまで叩き続けるのをやめてはいけない。

 

そして、マザー・テレサ。

「人は不合理、非論理、利己的です。気にすることなく、人を愛しなさい。

あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。 気にすることなく、善を行いなさい。

目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うことでしょう。 気にすることなく、やり遂げなさい。

善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう 気にすることなく、善を行い続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう 気にすることなく正直で誠実であり続けなさい。

助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。 気にすることなく、助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい。 けり返されるかもしれません。 気にすることなく、最良のものを与え続けなさい」

 

マザー・テレサが教えてくれるのは自分の最良のものを与えられる、「熱中するもの」が見つかっても、それをし続けなければならないということだ。「熱中するもの」を見つけるために探し続け、たとえ見つかっても熱中し続けるために、障害に負けてはいけない。

 

最後にアインシュタインの言葉を引こう。

日本の学生がこう質問した。「人間は何のために生きているのですか?」と。

アインシュタインはこう答えた。 「他人を喜ばせるためです。そんなこともわからないんですか?」

 

沼畑さんも書いたように、人生の意味は、ただ夕陽を見ることにある。 ただ五感を研ぎ澄ませて味わう。味わえば、ファミレスの食事も、貧しさも、冷たい冬の風もほんとうにすばらしい。

 

  熱中して、さらに人生の意味をつけ加えたいと願うなら、人のために何かをするしかない。

 

それ以外のことが、自分のためになることは決してない。

 

 誰かのために、自分のため何かをしよう。

自分のために、誰かのため何かをしよう。

Author Profile

佐々木典士(sasaki fumio)

Writer/Minimalist/Timekeeper  ミニマリスト本「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」は18ヶ国語での発売が決定。1979年生まれ。香川県出身、京都在住。


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