モノ好きマキシマリストの憂鬱
アブラサス レビュー(2)

アブラサスのお店に入って、並ぶ商品を見た瞬間。

「どれかを買おう」

と決められた。そしてここから長い戦い(自分のなかでだけ)が始まることになる。


まずアブラサスの財布にはラインナップがいろいろある。

・薄い財布
・小さい財布
・旅行財布
・iPhoneも入る財布
・薄いマネークリップ

まず薄いマネークリップとiPhoneが入る財布が除外された。
小銭はもう少しの間、ぼくには必要だ。iPhoneは財布とは別に持ってすぐに取り出したい。

そして次に小さい財布が除外された。小銭は薄い財布よりも入れやすく、最初はこれが第一候補だった。が、ポケットに入れてみたとき小さすぎて、ポケットに入れている感触があまりなかった。モノがあまり手につかず、モノを失くしやすいぼくにはデンジャラスなウォレットだ。小さい財布はやめよう。

簡単に書いたがここですでに店に入って20分ぐらい経っていた。店内は広くはなく、そのときお客はぼく一人だけだった。

 

店員さんがいい人でよかった。ぼくが次々に投げかける質問にちゃんと答えてくれる。ポケットに入れたり出したりしてうんうん言っている姿を見て見ぬふりをしてくれている。

 

ようやく選んだ2つの候補

 

よし、ついに候補は2つに絞られた。
薄い財布

旅行財布

結果から言うとまったく決められなかった。
本当に全然決められなかった。
決められなさすぎて、メモ帳や名刺入れなど他の全商品の説明を聞いて頭を冷やし、休憩する始末だ。この店員さんは仏さまのように見守っていてくれる。

ぼくは旅行財布に傾きかけていた。
たくさんの小銭でもすぐにおさめられる。カードも入り、名刺やカギなども入れられるスペースもある。
その収納力のわりに、薄くかさばらない。これならスマートな支払いができるだろう。価格も他に比べると安い。ステッチや色使いが若干ミニマルでないのが頭をかすめる。いやいや、実益とミニマルさのバランスを取るならこれしかない。

よし、これにしよう。これだ。そう、これにしよう。これこれ。うん、これしかない。

 

現れたミニマリズムの神

 

だが店員さんに「これにします」と言う直前、ぼくの中のミニマリズムの神(ジョブズ的なビジュアル)が言った。

「お前は、今までと同じ選択をしようとしている」

疲れきったぼくは神に対して思わずタメ口になった。

「は? それ、今言うことじゃないよね!?」

 

脂汗をかきながら、ようやく決めたのに。「あがり」直前でぼくは振り出しに戻されようとしている。

だがぼくは神の言うことに耳を傾けた。
そうね、確かにそうね。「スマートな支払い能力」や「収納力」、「使い勝手」、「コストパフォーマンス」という観点で考えると間違いなく旅行財布だ。あらゆる面でこちらが正解だ。が、どちらがより「ミニマル」かという観点で考えてみると……。

わかりました、神様。薄い財布にします!

そしてぼくは薄い財布の色を選びはじめた。まだまだ選択肢は多い。薄い財布には革のバリエーションも、カラーも、コラボ商品もあるのだ。(ここで1時間は経過。後から来たお客は次々に決断し、財布を購入していく。給食を食べるのが遅い生徒の気分だ)。
ここでもさんざん悩み結局、経年変化を味わえる茶色の革を選択した。だがお会計をする際になってもぼくは迷ったのだ。

「やっぱりこっちのグレーにしようかな……」
店員さんにつぶやいた。さすがに仏の店員さんも呆れただろう。

「いやもういいです、ほんといいです。これがいいです」
泣きそうになりながらお会計をすませ、お店を後にする。

 

モノ好きマキシマリストの憂鬱

ぼくがモノから離れたいと思う理由が、またひとつわかった。
今回は安い買い物でなかったというのもある。が、ぼくはさんざんモノの機能にこだわり、他の製品と比較し、ヘトヘトになりながら選んでいたようだ。選んだ後は、他と比較することもなく、使わない機能ばかりであることもわかっているのに、血眼でスペックを比べる。

ぼくはモノを選ぶときに使うエネルギーが半端でないらしい。
そして選ぶときに迷う時間も長い。

ひさびさに買い物らしい買い物をして、身にしみてよくわかった。
モノから離れたつもりでいた。モノからも自由になれた気でいた。
でも、自分はもともとモノが大好きなのだ。

だからこそモノから離れたい。モノに自由を奪われたくない。モノに対する執着心を弱めたい。

もう買い物でヘトヘトになったり、必要以上の時間を費やすのはごめんだ。そんな気持ちがぼくのミニマリズムを後押ししたのだ。

 

本当に気に入ったものをメンテナンスして使い続けたい。使い古したら、気に入った同じものを買い直したい。アブラサスは壊れたら修理できるところも、気に入ったポイントだった。

そしてぼくが選んだ、薄い財布。この選択は大正解だった。
そのわけを、次に書こう。

 

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

作家/編集者。1979年生まれ。香川県出身。『BOMB!』、『STUDIO VOICE』、写真集&書籍編集者を経てフリーに。ミニマリスト本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は25カ国語に翻訳。習慣本『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス刊)は12ヶ国語へ翻訳。