五感ベースの物選び 佐々木典士

物選びは白目を剥きながら

訳あって料理の勉強中である。

何か始めるときはいつも、物から入る。
おこだわりの人なので、その際、白目を剥きながら調べまくる。

今回、白目を剥く対象となったのは、まな板。

まな板にはいろいろな種類があり、それぞれメリットデメリットがある。

・プラスチック
軽く、形成が容易なためデザインがいろいろある。
漂白剤が使えたり、衛生的。
包丁には固くて、痛みやすい。

・木
管理は手間がかかる。乾燥に時間がかかるし、匂いも移りやすい。柔らかく、包丁にとっていちばんよい。
傷が入るが、それは材料をビローンとつながらせず、最後まで切りやすい証でもある。

・ゴム
両方のいいところどり。ゴムなので柔らかい。
そもそも水を通さない素材なので衛生的。
どこまでいってもゴムなので、汚れたら削ることもできる。

きみはノード

OK、合理的に考えるなら、ゴムだ。評価も高く、プロも愛用者が多いという。ゴムよ、やっぱりゴムゴム。ゴムしかない。エピキュリアンも軽くてきっといいよね。

だがしかし……。後ろ髪を引かれるのは木。いや、確かに君は素敵だよ、なんといっても情緒がある。でもメンテンナンスの手間はミニマルにしたい。でも、手元にはカンナもあるし、自分で削ることもできるのか……。

そして、木には他の素材では代えがたい五感に訴えかけるものがある。切った時のトントンという音、鼻をくすぐる香り。

料理はまだまだ得意とはいえない。

得意になった後は、正直道具はなんでもいいと思う。弘法筆を選ばず。でもまな板には、今のぼくと料理とをつなげやすくしてくれるノードになってほしい。材料をただ切るだけでもなんだか楽しい、そんなまな板なら、億劫な時にも台所にも立つ手助けになってくれそうだから。

何かを始めて、それを好きになりたい時には、こんな風に五感で少しでも心地良く思えるものを使うのがよいのではないかと思っている。

材料はそうして木に絞った。
だが白目は剥き続ける。
だって木には種類がたくさんあるんですもの。

硬さ、密度、水分への耐性、香り、そして色や木目はさまざま。

定番のヒノキももちろんいい。イチョウもまな板向きだと聞く。ネコヤナギ製のまな板は10万とかするものもあるのだとか。

白目を剥いているときに出会ったのが榧(かや)という木。ほとんど聞いたことがない。最高級の碁盤などに使われるが、絶滅に近い状態だったらしい。

まな板を探しに高知へ

扱っているお店はほとんどない。調べると高知に榧を苗から育てて、製品を作っているお店「榧工房 かやの森」があった。なるべく地元に近い製品を使いたいという思いもある。これはとても良い予感。自分でもどうかしているのはわかってはいるが、まな板を求めて居ても立っても居られず高知へ。

花屋の2Fにある倉庫兼、店舗。無骨さがかっこいい。
榧は、最高級の碁盤の素材として有名らしく、所狭しと
まな板以外の製品にも心惹かれる。成長が遅く、年輪が細かく、木目はとってもすべすべ。
気さくなスタッフの人と相談しながら決める。重さやサイズを実際に確かめながら。そしてなんといっても木目は1点しかないのだから、それを実際に確かめながら選ぶのが嬉しい

迷いながらも、木目の美しさに惹かれて板目。洗いやすそうな角が丸く、軽い2cmのタイプを選んだ。

そんなふうにして連れて帰ったまな板はとても愛おしい。そして素晴らしかった。

香りは乾いているときは花のような甘い香りで、水をかけるとシナモンのような香りがふわっと広がる。


手触りすべすべで、包丁で切ったときの音よ。油分が多い木らしく、水切れが良い。それまで仮に使っていたス◯ーピ◯クのキャンプ用まな板と全然違う!!

しばらくは、台所によってアロマを嗅ぐようにクンカクンカしたり、使った後に「あの子、そろそろ乾いたかな…」と無駄に様子を見に行ったりしてしまう始末!

榧は成長が遅く、300年かけて1人前の木になるということ。自分が植えた木の大人になった姿は自分が見られるわけでもない。気長に木を植え、育てている人、その森に思いを馳せると台所に立つ気分も違う。材料を切ろうと、まな板を準備しただけで薄ら笑いを浮かべている昨今なのだ。

自分は少し、合理性と離れてきたのかもしれないと思う。でもこれが、たとえばふきんならどうか。触り心地のよい自然素材のふきんの方が、皿を拭く行為自体は楽しい。でもマイクロファイバーの一発拭き取り、吸水性の良さにはひれ伏しそうだ。白目を剥き続けるのも苦しいし、憧れをなぞり、また違う誰かを憧れさせるような生活がしたいわけでもない。ほど良くやっていきたいと思う。

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この記事を書いた人

作家/編集者。1979年生まれ。香川県出身。『BOMB!』、『STUDIO VOICE』、写真集&書籍編集者を経てフリーに。ミニマリスト本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は25カ国語に翻訳。習慣本『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス刊)は12ヶ国語へ翻訳。