ミニマリストと「割れ窓理論」
佐々木典士

「割れ窓理論」という言葉がある。

 

割れた窓ガラスをそのままにしておくと、その建物は管理されず、窓が割れても誰からも注意を払われていない場所だと思われ、他の窓まで割られてしまう。

そうして、さらにその場所の環境が悪化していく。治安も悪くなっていく。

 

空き地などで、投げ捨てられたゴミが溜まっているところを見かけることがあるが、それは「ここはゴミを捨てていいところなんだ」とうしろめたいはずのゴミを捨てる意識のハードルが下がっているからだと言える。

 

自分の部屋でもそれが起こる。
荒れたままの部屋にしていれば「こんな状態なのだから、少しぐらい片づけても片づけなくても変わらない」という意識が働く。そうしてできあがるのが「自分は片づけられない人間だ」という思い込みだ。

 

そういえば、マキシマリスト時代に風呂場の洗面台が割れたまま、1年間ぐらいは放置していたが、あれも割れ窓理論に見事にあてはまる。

 

部屋を整えると、割れ窓理論とは逆のことが起こる。整った部屋の状態が好きになるので、ゴミが落ちていれば拾い、少し汚れれば掃除したくなってくる。そしてそれはとても簡単にできる。

 

ゆるりまいさんに、整った部屋に住んでいると「正しく生きたくなる」というお話を聞いた時、とても共感したのを覚えている。

整った部屋に住む、ということは自分が掃除できたり、きちんと管理できる能力があるということを日々、視覚的に確かめているようなものだ。そうして自己肯定の連鎖は続き、早起きしたり、食べるものにも気を使いたくなってくる。

 

もちろん気分が沈むこともあるが、それでも部屋を整えると「最低限でも、自分はこれは維持できる」という自己信頼感が出てくる。

 

小さなことだが、それが回復の足がかりになってくれるのだ。

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この記事を書いた人

作家/編集者。1979年生まれ。香川県出身。『BOMB!』、『STUDIO VOICE』、写真集&書籍編集者を経てフリーに。ミニマリスト本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は25カ国語に翻訳。習慣本『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス刊)は12ヶ国語へ翻訳。