New Empiricism ニュー・エンピリシズム 佐々木さんの変容   沼畑直樹

佐々木さんは変わった。

変わったのは今から8年前、「ミニマリズム」という言葉に興味を持ってから。

写真集の編集者として活躍していた彼ともすでに長い付き合いだったけれども、なにせ寡黙なので現場では私が一方的に幸福論的なことを言っているだけ。プライベートのことは一切知らなかった。

でも私のくだらない話はずっと聞いてくれた。

「家の窓の外側にはセントラルパークがあると想像して遊んでいる」

「ベランダで4時にワイングラスに水を注いでも幸せな気分になった!」

2013年のクロアチアでの取材、ドブロブニクで朝陽を背景に撮影をしようと、スタッフみんなが早起きし、ホテルから城までの海沿いの道を歩いていた。佐々木さんと並んだので、

「最近、部屋の片付けをしてる」

という話をすると、珍しく「僕も興味あります」とくいついてきた。

私は何度か挑戦してきた片付けから一歩踏み込んで、捨てまくっていた。

家の中に大量のゴミ袋を残した状態でクロアチアに来ていた。

帰国してから、佐々木さんから「そのミニマリストって何ですか? 今度会いましょう」と連絡があり、プライベートで会った。写真集に関しての文章で私がミニマリストという言葉を使ったからだった。

それからはしょっちゅう、プライベートで会うようになった。

テーマはいつも、ミニマリズムの話だ。

お酒を飲んで、いかにミニマリズムが凄いかについて話す。

そして、すぐに話は冒険とか、体験、経験という話になった。

吉祥寺、井の頭公園を望む料理屋で話したときは、「モノを捨てることで、自分が何でも無い自分になれる」という話になった。ステイタスやキャリア、持っているモノで完全防備をしている人間を、温泉で暖かい湯に浸かる裸の状態にする。そんな話だった。

「自分から話せるようになった」

とも佐々木さんは語っていた。

聞き役だった佐々木さんが、語る人に変わった瞬間だった。

モノを捨ててからは佐々木さんはこんな感じだった。

「バイクに興味あるんですよね。山登りとか、ダイビングとかも」

部屋に閉じこもって人付き合いもあまりしなかった彼が、友人や同僚と実際に山登りやダイビングに挑戦した。

「こんなに人って変わるかな」

と感心するくらい、彼の行動は変容していた。

私もミニマリズムのおかげでサッカーのオンラインゲーム浸けから脱出し、クルマを買ってキャンプをするようになった。

「佐々木さんはロードスターを買って冒険すべきだ」

という私の提案は当初却下されていたが、数年後実現した。

モノを捨てる方法とかそういう話は一切しない。

彼は早々に京都に引っ越しして、家具付きの家になったし、そのあとはフィリピン、今は実家の香川と移り住み、「部屋の家具をどれだけ減らすか」みたいなことをもう数年間やっていないからだ。

私も当初から片付けに関する興味はそれほどなく、モノがない空間の美しさや、シンプルな幸福論にだけ興味があり、空の下にある幸せを求めてクルマで出かけたり、キャンプをしたりしてきた。

私はあくまで、家族と一緒にできる範囲のことをやる。

モノを置かないとか増やさない、買わないというのも、家族の幸福論の下に位置するものであって、ミニマリズムが勝利することはない。

家族を置いて、「一人で何ヶ月も旅に出る」という気にはもうなれない。

一方、家族持ちの私と違い、佐々木さんのフットワークは軽い。

私が若い頃住んでいた沖縄の久米島にふらっと立ち寄ったり、モンゴルがいいよと伝えるとモンゴル行ったり、英語の話をしているといつのまにかフィリピンに行って語学留学している。

長い間、佐々木さんのところにも私のところにも幸運なことに海外メディアの取材が続いていて、佐々木さんの英語欲も加熱していた。

そして彼は現地でバイクを買い、ダートを走り、ビーチで夕陽を見ていた。

美しい女性たちとの出会いもあった。

青春だ。

バイクといえば、ミニマリズムとの出会い直後から、「バイクの免許取ろう」と二人で誓っていた。同じタイミングで取ろうと言っていたのだけれど、私が尻込みしているうちにさっさと佐々木さんは取ってしまった。

私は高校生のころからMTX50というモトクロスバイクに乗っていて、北海道の山の中を駆け巡っていた。山の中でキャンプもしたりして、なかなか冒険の日々だった。アラスカ在住写真家の星野道夫やクルマでアメリカを横断する『路上』の作者であるジャック・ケルアック(ビート・ジェネレーション 『路上』の作者)に憧れていたのからかもしれない。

それ以来、「体験」を重視して行動してきた。

バイクを東京までフェリーで運んで旅をしたり、バックパッカーで沖縄に辿りついてからはVANを買ってダイビング、サーフィン、ウィンドサーフィンにハマりにハマった。

当時のスタジオ・ボイスという雑誌の自分に対する影響力は凄まじく、特に「地球交響曲」という映画に関する特集号ではグラン・ブルーのモデルとなったジャック・マイヨールが取り上げられていて、そのせいで沖縄で素潜りに没頭することになる。

勉強、絵画も頑張ったが、部屋に閉じこもって鍛錬を積むことへの反動があり、「体験がしたい」という欲望が行動を促した。

そしてそのころ、バイク体験に関する特集があった。

アメリカのバイカーたちの、精神的な体験。

ずっとまっすぐな道をただ走っているだけでなんとかかんとか…。もう覚えていないのだけれど、要するに「体験した人にしかわからない」と私には読めた。

それからほぼ25年、バイクとは無縁だったのに、ミニマリズムがもたらした新たな「体験主義」、ニューエクスピリエンシズム(造語です。経験主義はempiricism エンピリシズム)は、「バイクはいいぞ~」と脳内に語りかけてくる。

そして、変容した佐々木さんはフィリピンの大自然の中を駆け巡っていた。

傾くバイクをスロットルで調整し、バランスを取り、ダートのでこぼこを感じ、上手く走れたあとには美しい風景。

電車を乗り継いでは辿りつけない自分だけの場所へと辿りつく。

そんな佐々木さんの「体験」を想像することもなく、ついこないだまで、いろんな理由をつけて「免許はいいや」と言ってきた。ヘルメットとか手袋とかいろいろモノが増えるし、自動車免許で運転できる50ccでいいんじゃないかとか。

教習所に行くことになったのは、「免許を取ろう!」と決意したわけではなく、なんとなくだった。

ロードスターというオープンカーを数時間借りたのだが、返す場所の近くに教習所があり、ちょっとどういうものか覗いてみようと思った。

受付に行ってしまうともう、申し込みしてしまう。

そして25年振りのバイク体験が始まった。

実習が始まってから、「こんなにバイクの運転って楽しかったっけ」の連続。運転技術を磨く特訓も凄まじいほどにハマり、これまた佐々木さんとのディスカッションの日々。

彼はいつのまにか大型自動二輪免許も取っていた。

それが去年の11月のことで、今年の1月上旬に免許を無事取得。

佐々木さんが東京に来るときはいつも「体験してみたいクルマ」を彼が借りてドライブするのだけど、バイク屋めぐりにも付き合ってくれた。

最終的に、佐々木さんと数年前に行った東京モーターショウで見たバイクを買うことになり、今は納車されて日々冒険(近所)している。

「ヘルメットが増える」とか、「手袋が増える」とか、そんな心配は今は一切ない。むしろ、持っていることが嬉しい。

ただ前に進むだけなのに、ただ楽しく、気持ちが良い。

どこか遠くに行きたくなる。

今思うと、こんな体験ができるのに、ミニマリズムを言い訳に「免許を取らない」と言っていた。佐々木さんのフィリピンでのバイクの日々に対する想像力さえ、ミニマイズしていた。

先日、佐々木さんとメールしていて、「人がどんな体験をしてどんな景色を見てきたのかなんて、人の見た目ではわからない。だから、人の見た目に惑わされず、どの人に対しても、凄い体験をしてきたのだという想像力をこちらが持たなくてはならない」という話になった。

私自身、それが欠如していたのだ。実際に佐々木さんがフィリピンで見てきたものは、私にはわからないのだ。

わからないというのは、理解できないという意味ではなく、想像できないような美しい景色に出会ったり、体験をしてきたのだということ。

想像を超えているから、わからない。想像力をミニマイズすると、もっとわからない。

そして、佐々木さんが体験してきたような、共有できない個人的体験こそが、ずっと私が求めてきたもの。

あの雑誌、スタジオ・ボイス(実は佐々木さんは昔、その雑誌に所属していた)が発信したメッセージ、「乗れよ、乗らなきゃわからないだろ」(私にはそう聞こえた)。

それは人に語っても伝わらないことが多い。だから人に対しての想像力をミニマムにしてはいけないのだ。

「モノを捨て、旅へ出よう」を実践し、ニュー・エクスピリエンシズムならぬニュー・エンピリシズムを実践する、ニュー・エンプリシストになった彼にとって、選択のプライオリティはもう、ミニマリズムにはないのだ。

この記事を書いた人

『最小限主義。』、写真集『ジヴェリ』『パールロード』他(Rem York Maash Haas名義)、旅ガイド『スロウリィクロアチア』他

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