杉本博司「江之浦測候所」最小限レビュー
 佐々木典士

今日は、なんだかすごいものを見た。

 

ここまでお金も労力も本気もかけたものにお目にかかれることは、あまりないと思う。

とにかく体験する場所だと思うので、具体的な紹介や写真は最小限にとどめたい。

 

 

杉本博司さんの「ロスト・ヒューマン」展は

33通りのストーリーで人間が滅亡した後の世界を描くというものだった。

 

ここ「江之浦測候所」にある建築物は失われつつある伝統工法を使い、日本建築史を通観したもの。

 

 

将来「遺跡」になること、耐用年数は1万年を想定しているという。

こんな風に思考の射程が長いところに惹かれてしまう。

 

 

アートの起源?

 

 

いろいろ言いつつも、たとえ杉本博司さんのことを何も知らなくても楽しめる施設だ。

 

 

ぼくも沼畑さんも人並み以上にはアートが好きだと思うが、最近は夕陽がどうとか月がどうとかいう話ばかりししている。

つまり人の作為や意図を超えたもの、古代の人間も自分と同じように楽しんでいただろう普遍性のあるものに惹かれている。

 

 

ここも「江之浦美術館」ではなく「測候所」。

名前の通り、ここは太陽の光を眺める場所だ。

 

「冬至光遥拝隧道」は冬至の朝のみ光がまっすぐ差し込んで来るという、洞窟のようなつくり。

 

「夏至光遥拝100メートルギャラリー」は夏至の朝の光。

 

太陽の運行が季節によって変わり、それが巡る。そして自分の居場所を知る。

その記憶こそが人に意識を発生させ、ひいてはアートの起源になったのではないか? その問いが「江之浦測候所」には貫かれてている。

 

オープンワールドRPG?

 

しかし、小難しく考えなくても楽しめるのがいい。

まず、ここに訪れるには時間を指定して予約する必要がある。

 

 

そうして最大でも50人に制限された客が、1万平米の敷地に放たれ自由に行動できる。

今日は雨だったせいもあって、20人ぐらいだったろうか。

 

順路もないし、2時間たっぷり好きなように使える。

 

 

太陽の位置にあわせて設計された最新の遺跡。

それを自由に巡るのはオープンワールドの「ゼルダの伝説」のようでさえある。

立ち入れない場所には、そっと止め石が置いてあり知らせてくれる。

 

客もアートになる?

 

何がアートかというのはぼくの手に負える問題ではないが、

ルーブル美術館で人だかりのせいで遠目に観ることしかできない「モナリザ」より

誰もいない画廊で無名の絵に対峙する行為のほうがアートに近いような気もする。

 

 

人が少ないので、急かされることなく何かを感じ、感じたことについて考えを巡らせられる。

 

 

おもしろいのはここに来ている来客も、アートの一部のように感じることだ。

 

 

少ないと人はアートになるのか?

立っている人が絵になるので、それを込みで撮りたくなる。(ぼくを撮っている人もいたので他の人もそうみたいだ)。

自分もアーティストになる。

 

目の前には有名な「海景」シリーズの元になったという海が広がっていて、それも撮って「杉本博司ごっこ」までやりたくなってしまう。

 

 

 

絵をじっくり見る前に、解説文をまず読むような行為もアートからは遠いような気がする。

が、何気なく置かれている石が、法隆寺創建時の礎石だったり、知らずに踏んでいる石が藤原京の石橋だったりして、そういう歴史に思いを馳せる楽しみもあるし、無限に語れるような素材がある。

 

 

 

普遍性のあるものに惹かれると言ったが、個人的な体験もやはりまたアートの一部なのかもしれない。

 

 

この施設には、根府川駅から送迎バスが出ている。

駅前にはカフェもコンビニもない(JAと郵便局はある)ので、

昼ごはんは、八百屋で買ったバナナと自販機の甘いコーヒーになった。

異様に寒い今日、それを食べながら無人駅の根府川駅で時間をつぶす。

 

 

バスが来て、窓ガラスを曇らせながら山道をのぼっていく。

 

 

雨は冷たかったが、「雨聴天」という茶室は雨音を聴くところから名前がつけられている。

もともと蜜柑畑だったという敷地には、これから季節がはじまる蜜柑がいい色になっていた。

 

最後にもう少しちらっと。

とりあえず「世界一美しい荷物置き場」がある場所かもしれない。

 

どう思うにしろ、とにかく行ってみる価値のある場所だと思う。

 

熱海も、湯河原も近いので温泉にからめて楽しむのもいい。

 

まだ予約はパンパンではないようだし、

そのうち予約できなくなったら平日に有給使ったっていい。

 


 

「江之浦測候所」

見学は予約制。根府川駅から送迎バスつきのプランあり。

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この記事を書いた人

作家/編集者。1979年生まれ。香川県出身。『BOMB!』、『STUDIO VOICE』、写真集&書籍編集者を経てフリーに。ミニマリスト本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は25カ国語に翻訳。習慣本『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス刊)は12ヶ国語へ翻訳。