外国としての日本 佐々木典士

フィリピンには1月から合わせて、半年以上いた。こんなに外国に長期間いるのは初めて、すっかりフィリピンの生活に慣れきってしまっていたので、日本に帰ってくると日本が外国として感じられる。

フィリピンからの飛行機が3時間も遅れたので帰りのバスに乗れず、大阪のホテルで一晩過ごすことになった。立ち寄ったセブンイレブンで買った、たまごサンドイッチとツナマヨおにぎり。昨年、韓国に行った時に会った人が「日本のセブンイレブンのたまごサンドイッチが美味しい!!」と言っていたがその時は意味がわからなかった。

しばらくぶりに食べるサンドイッチは、ふわふわでなるほど凄まじくおいしかった。ツナマヨはするするとパッケージが剥けて感動的だ。フィリピンにもセブンイレブンはあるのだが、売っているサンドイッチは全然別物だ。泊まったホテルには、スマホが置いてありなんと自由に持ち歩いても良いという。これはフィリピンではありえない(チェックアウトするときに、部屋を汚してないかとか備品を持ち帰ってないかとか先に確認が必要だったりする)。ピカピカのお風呂の蛇口に、ふかふかのベッド。エアコンは本当はこんなにも静かなのだと感動した。

そして日本のサービスは本当にヤバい。ホテルのフロントや空港職員の対応がいいのはまだわかる。いろいろな手続をするために市役所や、警察に行ったのだがそんなところでもお客様扱いしてくれる。警察に用があったので受付で名前を告げて、担当部署に向かうとなんとドアの前で待っていてくれていた。

フィリピンで日常的に困ることは、ほとんどない。ネットも遅いといってもちゃんと通じるし、携帯もLTEだ。日本と変わらない高級車もたくさん走っている。しかし、これほどまでに人々のサービスに対する意識を高めるためには、何十年の規律訓練が必要だろうか?

到着してすぐは何もかも新鮮に写った日本だったが、食事にもサービスも、そのハイクオリティさのすべてに一週間で慣れてしまった。いつかコンビニのサンドイッチなんて有り難みも何もないものになるだろう。そして丁寧に対応されればされるほど、自分が客として尊大になっていく感覚もあった。

これはどういうわけだろう? 自分が長年日本に暮らしていたのでその感覚にすぐ戻ったということももちろんある。しかし、おそらく初めて日本に来る外国人がこのハイクオリティに慣れるのにもそう長い年月はかからないのではないか。何十年もの月日が必要であろうと思われる達成に、人は一週間で慣れてしまう。そして反対に多少不便な外国での環境だって人は1ヶ月ぐらいですぐに慣れる。

つまり消費者としてはどっちだろうが結局受け入れてしまう。ソフトウェアとしての人間の感性は、ハードとしてのインフラや、製品やサービスのハードウェアの変化を容易に飲み込む。しかし、そのハイクオリティを生み出し、要望に応え続ける労働者が、その魂をすり減らすような作業に慣れることはないだろう。ぼくたちは、ただ分の悪い戦いに挑み続けさせられているのではないか? 思わずトランクスのような台詞が口をつく。「みんないったい何と戦っているんだ?」

フィリピンで会った先生が、日本を訪れた時に感じたこと。それはビルが高くてすごいねでも、テクノロジーが発展していてうらやましいでもなく「なんで日本人はみんな笑ってないの?」だった。身に余るようなサービスと暮らしの品質を受け取りながら、ぼくたちのソフトウェアはどういうわけだか不機嫌なのだ。

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

作家/編集者。1979年生まれ。香川県出身。『BOMB!』、『STUDIO VOICE』、写真集&書籍編集者を経てフリーに。ミニマリスト本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は25カ国語に翻訳。習慣本『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス刊)は12ヶ国語へ翻訳。