エンプティ・スペース 009
押し入れがなくなって。 
沼畑直樹
Empty Space Naoki Numahata

2018年8月30日

引っ越しをして2週間ほど。妻と子どもが数日間、実家に帰ったので、ひとりで過ごしている。

ちょうど仕事が忙しいので、朝5時ごろに目が覚めて、新しくできた仕事部屋に籠もっている。

小さな5畳ほどの部屋の窓際に机を置いて、ノートPCに向かう。

仕事道具も自分の服も、すべて後ろの収納に入っている。

書類等はデジタル化し、写真の仕事のせいで必要な外付けHDが2台、今までに作った本があり、プリンタが1台ある。

前の家では場所が多少ばらついていたけども、今回1カ所に集約されたので、けっこうたくさんあるなと感じている。

1階のリビングはテーブルと椅子を置いたのみ。友人からすると、前より何もない感じがするという。

自分としては、カウンターキッチンにいろいろと出てきてしまったものがあり、何とかしたい。

出てきてしまったものとは、新しい市のゴミの捨て方のパンフレット。

まだ妻も私も慣れていないので、これを出しっ放しにして毎日向き合っているのだ。

お菓子をいれる場所もなくなった。前の家よりもキッチンの収納が減ったせいで、あふれているのだ。

ただし、焦らない。

ゆっくり、その仕舞い方を模索していく。

前の家は小さかったけれども、今思うと収納スペースは結構あった。

押し入れの奥行きはやっぱり凄い。新しい家はクローゼットなので、奥行きが全然ない。

なんとかすべてのモノは入ったけれども、もっとスカスカにしたかった。

2階に部屋は3つあり、ひとつがシアタールーム。妻は将来的にソファを置きたいと考えている。

そこにはロフトがあり、子ども部屋となった。

妻の夢である、子ども部屋らしい子ども部屋をついにという感じで、私は黙ってその成り行きを見つめている。

娘もはじめての部屋だから、どうしていいのかわからないだろうけど、とにかく黙っていよう。

もうひとつは寝室で、ベッドが置いてあるのみ。

そして仕事部屋だが、将来は娘の部屋になる。今は小さな仕事用の机のみ。

ここが、非常に集中力の高まる部屋。窓は西向きなので、夕陽がとにかくきれいに見える。

この町は、市のなかでも外れにあり、災害マップなどで掲載されないほどだ。

見捨てられている。

外からの人もほとんど来ないような立地になっていて、それが気に入った点のひとつ。

夕陽を見るために最初に憧れたのは近所の大沢というエリアだが、そこも外界から遮断されているような場所で、外の人はほとんど入ってこない。

畑も多く、とても東京の吉祥寺近く(おおざっぱに言うと)とは思えない。

私が選んだ町も、そこにどこか似ている。

引っ越しの少し前、真夏の猛烈な暑さの日に、佐々木さんと待ち合わせして古いオープンカーに乗った。

玉川上水という緑の木陰を水がちょろちょろ流れる川があり、それに沿って古いマツダのロードスターを走らせる。

暑くて幌を開けられないのだが、調布にある飛行場のあたりで幌を全開にした。

木陰の下の長い一本道を見つけたからだ。

私の今の町から車ですぐのところにその一本道はある。

長く長く、木陰を作っている。

昨日、夕方にひとり車を出して、近くの別の一本道を初めて走ってみた。

実はこの周辺には、軽いドライブに最適の道がいくつもあったのだ。

その日走った道も非常に美しく、古いロードスターで走った道に負けていない。

吉祥寺のあたりにはまったくない、人気のない長い一本道。

情緒が感じられる、一本道。

仕事部屋の椅子から右上に目をやると、広い空が見える。

最近はずっと曇りだったけれども、今少しだけ青空が顔を出した。

吉祥寺時代と違い、車は家の前にある。

だから少しの暇があると、すぐに車を出したくなる。

木陰と一本道をゆっくり走る、それだけで楽しい。

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この記事を書いた人

『最小限主義。』、写真集『ジヴェリ』『パールロード』他(Rem York Maash Haas名義)、旅ガイド『スロウリィクロアチア』他

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