Less is future

エンプティ・スペース 017
夕涼みの風景 東京ローカル 
沼畑直樹
Empty Space Naoki Numahata

2019年9月2日

9月1日、日曜日に朝市に行った。朝市といっても、昼の3時からはじまる朝市。ローカルの人々が集まり、小さな店舗が集うお祭りだ。

前々から友人が出店している縁で通っていたが、今回は引っ越した先の近くで行われるので、「絶対行くよ」と参加を表明していた。

昼の3時開催になったのは、暑いからだ。私も土曜日に熱中症になり、夏のピークは過ぎたとはいえ、まだまだ昼間は危険だった。

なので、日曜日の昼ごろから家でクーラーをつけて家族で映画を観ていて、すっかり朝市のことを忘れていた。

仕事仲間で近所に住むHachiから4時ごろ電話があり、朝市が今日だということに気づく。

急いで支度をして、5時ごろに家族三人で家を出た。

小金井の住宅街の真ん中、知らなければ誰も来ることがないような場所にある、丸田ストアという2階建ての古く小さな建物が今回の朝市の舞台。

出店しているのは、友人のガラス工房ニジノハと、ちょうどウルウルというサイトで取材させてもらった陶芸デザイナーの岡田ちひろさん。

そして、丸田ストア内にあるお菓子屋スプーンフルや、地元の珈琲屋である出茶屋さん、アカシヤベーグルさんなど。

妻にはアウェイ感があったかもしれないが、到着すると妻の仕事の先輩がいたり、先頭で出店している二人が知り合いだったり、それなりにリラックスできる環境だったと思う。

ついさっきまで人でごった返していたらしく、まばらになったタイミングも良く、食べたり、飲んだり、お花を買ったり、のんびりと過ごすことができた。

丸田ストアの中には路上に面した広い飲食スペースがあり、時間が経つにつれ、そこの紅い室内灯が目立つようになってきた。

ちょっと一息つこうと、道の向こう側に立って、ストア全体の風景を見ていると、この雰囲気はどこかで出会ったことがあるな…と思った。

思い出してみると、

1. 新宮の夕涼み風景

2. 京都の住宅街、ある銭湯の前の夕方

に似ている。

新宮は、紀伊半島の東側にあり、果ての果てにあるような町。京都の住宅街は、観光地ではない、普通の住宅街。

どちらも、夕方に人が外に出て集まっているという、今だと祭りのときにしか見ないような光景(自分にとっては)だった。

丸田ストアには人が集い、店ではかき氷をせっせと作っている。

夕方になり、涼しさもある。

20代のころ、新宮を舞台にした中上健次の『千年の愉楽』という本が好きだった私は、その町を歩いてみたくなり、新宮を一人旅していた。

夕方、町の中心街を歩いていると、それは吉祥寺を歩くという感じではもちろんなくて、たとえば下駄をはいた父と娘が歩いていて、少し暗くなった小さい町に、電灯が灯りはじめる…という感じだった。

人々が家を出て、夕涼みしているように見えた。

私の今の家のまわりでは、近所の人たちが夕方にわらわらと出てきて涼むということはない。

人々はたぶん、スーパーには行くかもしれないが、路面店の八百屋やスーパーではなく、大きな建物のスーパーに行くので、お祭り感なんてない。

京都でも同じような光景を見た。

旅の途中で日が暮れて、住宅街をとぼとぼ歩いていた。目の前に銭湯があり、そこに家族が入っていく。

もう記憶が薄れてあいまいだが、お店(路面店)が並ぶ商店街だったかもしれない。

台湾の映画『クーリンチェ殺人事件』にも夕方や夜に人が集まる風景が出てくる。主人公が女の子を刺すシーンの背景は、紅い街灯と屋台につられて、人々が集う夜だった。

吉祥寺の商店街の中にあったが、そんな光景はなかった。

来ているのは外の町から来ている人々で、地元の人や家族がサンダルで歩いていたりしない。

私も家を出るのに、いちいち着替えて、靴を履かなくてはいけない。

「ちょっと夕涼みに出ました」ということはなかった。

地方の町や、商店街には、サンダルや下駄、もしくは銭湯帰りの格好で町を歩ける優しさがある。

丸田ストアの風景は、そんなローカルの優しい夕方の風景だった。