エンプティ・スペース 010
コーヒースタンド 
沼畑直樹
Empty Space Naoki Numahata

2018年11月

商店街の中に佇んでいた家から、近くにお店がなんにもない住宅街に引っ越した。

家選びのポイントして「スーパーが近い」「コンビニが近い」といった買い物の条件があるが、スーパーは一番近くても2km。

歩いてはさすがに遠いので、車で行っている。コンビニも近くにない。駅もちょっと遠い。

そのかわり、私道で娘はお隣さんのひとつ上の子と遊べるし、知らない人は入ってこない。閉鎖的なところは安心だ。

前の吉祥寺の家は目の前の道を大勢の人が行き交い、土日は大変なことになる。

それが元気をくれたのだけど、近所付き合いはまったくなかった。

今は1階リビングの縁側的なところに椅子を置くと、近所のおばあちゃんたちが集まり談笑していて、子どもの相手をしてくれる。

ただし。コーヒースタンドもしくはカフェがないのは少々残念。

吉祥寺時代はどんどん新しいカフェが生まれて、有り難みも薄れていたほどだ。

ミニマリストの佐々木さんが新しい家に遊びに来たとき、引っ越しのあとは「新しい町の地図作りをするのが楽しい」と言っていた。スーパーやお気に入りのお店を見つけ、自分の好きな通り道を見つけていく。

江戸川乱歩は作家として作品を書いている人生の間に、何度も引っ越しをしたという。

脳科学的にも、引っ越しをすることで神経回路がリセットされ、新しい発想が生まれやすくなるという。しかも、それは年齢が関係ない。いくつになっても引っ越しは脳に刺激を与えてくれるのだ。

私も今、そうして脳回路をリセットして、新しい地図と神経回路を構築中なのだろう。。

そのために、お気に入りのコーヒースタンドは欲しい。

地図で見ると大きな駅にそういうものは集中している。

車を使ってもいいから、近くにないものか。

20代のころ、吉祥寺の東急裏にはタリーズがあった。後に一緒に会社を作るハチくんとは、初めて会った日、そこのテラスでコーヒーを飲んだ。やがてそのタリーズはなくなってしまうのだが、今度は中道通りという自分の家のある通り沿いにスタバができた。近くにコーヒースタンドがあるというのはこんなに便利なものなのかと、ハチくんと二人でよくそこで仕事をした。

しかし、繁盛していたのにも関わらず、数年後に閉店。

変わりに、サードウェーブの波とともに、個人でやるスタンドが中道通りに増えてきた。

奥にある「はらドーナツ」の隣にできたのは、ライトアップコーヒー。その手前にはブラックウェルコーヒー。向かいには老舗とも呼べる珈琲散歩。

最近は富士山の絵を壁に描いた小さなスタンドもできたが、残念ながらすぐに消えてしまった。

自分のマンションの隣にも一軒誕生していた。一度も行ったことはないけれど、繁盛していた。

そんな恵まれた状況なのに、たいていは車で走って武蔵境の南のほうにできたスタバに行っていた。

新しくて心地いいし、車が停められる。

他にもお気に入りが東小金井に何件かあり、そちらにもよく行っていた。

少し家から離れた場所に、行きたくなるのか。

引っ越したあとは、武蔵境のスタバは少し遠くなった。

新しい町にコーヒースタンドはないのか。

地図ではほとんど出てこないのだが、ある日、車で行ける近い場所に1軒、見つけた。

保育園からの帰り道途中に看板があり、小さい路地の奥にある。

今朝、子どもを送った帰りに立ち寄った。

民家の1階を改装し、ダーク系の壁でカフェであることを意識させる作り。

車は1台停められる。

中もシンプルにまとめられていて、カウンターからは中庭が見える。

テイクアウトするつもりだったのに、しばらく店内で過ごしてしまった。

脳内マップに、お洒落なスタンドが一軒追加。

帰りの車中、心で「有り難い…」としみじみ思った。

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この記事を書いた人

『最小限主義。』、写真集『ジヴェリ』『パールロード』他(Rem York Maash Haas名義)、旅ガイド『スロウリィクロアチア』他

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