半径5mからの環境学
「電気を使わない暮らしを、稲垣えみ子さんに聞く」

アフロヘアがトレードマークの元朝日新聞記者、稲垣えみ子さん。電気代月100円台という、ほぼ電気を使わない暮らしとそこから生まれた変化をお聞きしました。

初出:「むすび」2018年4月号(正食協会)

今月のゲスト 稲垣えみ子(いながき・えみこ)さん

稲垣えみ子 いながき・えみこ●1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。原発事故をきっかけに始めた節電生活が話題に。著書に『魂の退社』、『寂しい生活』(東洋経済新報社)『もうレシピ本はいらない』(マガジンハウス)など。

生ゴミ堆肥がきっかけ

 

──稲垣さんが今の暮らしをされ始めたのは原発事故以降ですが、それ以前から環境に対する意識はあったんでしょうか?

いやいや意識は高くもなかったんですが、「生ゴミ堆肥」はつくっていました。きっかけは、ベランダで育てていた花をズボラすぎて枯らしまくっていて、栄養が抜けた真っ白な土がどんどん溜まっていったこと。どこにどう捨てていいかもわからなくて、引っ越しの度に持ち運ぶ羽目に(笑)。

そんなときに雑誌で、生ゴミ堆肥についての記事を読んだんです。栄養が抜けた土と米ぬか、生ゴミを混ぜてしばらくすると固くなった土がふかふかに戻ると。あらそれはいいじゃないかとやり始めたら、すっかりハマってしまいました。

何にハマったって、嫌なものだった生ゴミが役に立つものになるのがえらく心地良かったんですよね。それはきっと、私自身が救われていたからだと思うんです。私自身も役に立たない存在になってしまうかもしれない。でも、世の中には本当はゴミなんかないんだと。ゴミなのか役に立つのか決めているのは、結局人間の都合。そう思ったら随分と生きるのがラクになりました。

冷蔵庫も会社も手放す

 

──そして原発事故があって、電気代を半分にしようと決意されます。

事故の前は、原発反対の運動をしている人たちを見て「現実的じゃない」と思っていたんです。今の便利な暮らしは原発がなきゃ成り立たないだろうと。だから実際に事故が起きた時、さすがにもう原発は止めなきゃいけないと思う一方で、原発止めろというだけじゃ解決しないとも思いました。原発のない暮らしなんて本当にできるのか、まずは自分でやってみようと。当時住んでいた関西電力の半分は原発が担っていたので、私自身の電気代も半分にしようと思ったんです。

──今は何に電気を使われているんでしょうか?

パソコン、携帯、ラジオ。照明です。月々の電気代は170円ぐらい。ちなみに最初はここまでやろうとは全然考えていませんでした。節電を始める前の電気代は2000円ぐらいで、そこから最新の冷蔵庫に変えたりいろいろやって、一旦、電気代は700円ぐらいになったんです。

冬は日当たりがよく暖かで、夏は風の通りもいいという稲垣さんのマンション。古い建物はエアコンを前提としていない作りで快適だそう。

 

──当初の目標は達成されたわけですよね。

ところが東京に引っ越したら、まさかのオール電化マンションで(笑)基本料金だけで軽く1000円を超えてしまった。それがあまりに悔しくて冷蔵庫も手放し、最後には会社も辞めたという……。

使用する電気は、パソコンや携帯電話の充電。ラジオに間接照明だけ。洗濯は桶、掃除はほうきを使用というシンプルさ。

「あるから安心」は本当?

 

──稲垣さんにとっては冷蔵庫を手放したことが大きかったんですね。

冷蔵庫の歴史はたかだが50年ぐらいですけど、それが食文化だけでなくて、日本人の感覚を大きく変えたと思うんです。あれを食べたい、いつか食べようという欲を貯めておける装置が冷蔵庫なんですよね。やりたいことはどんどん膨れ上がって、でも実際にそれを実行するかといえばやらない、ということを際限なく増やしていってしまう。

──冷蔵庫は食べる物だけでなく、人の欲望のあり方も変えてしまったと。

恐ろしいのは、それがないと不安になってくることですよね。冷蔵庫がないと言うと「どうやって生きていくんですか?」と必ず聞かれるんですが、50年前にはなくても平気だったものが、今やほとんどの日本人がなくては生きていけないと思っていることがすごいことだなと。「あるから安心」と「ないと不安」はセットだから、あるから安心というのは本当の安心ではないと思うんです。これはなくてもいい、平気だと思えたところからいろいろなものに対する憂いがなくなってきたんです。

食生活は時代劇を参考に

 

──冷蔵庫をやめて、食生活も変えられたんですよね。

もともと料理が好きで、世界中の調味料を揃えて世界の料理をすることが良いこと、豊かなことだと思い込んでいました。でも冷蔵庫を辞めたら江戸時代の食生活に戻るしかなくなって、時代劇を参考にして「めし、しる、つけもの」を基本にした食事に切り替えたんです。そうしたら、美味しいし、なにより簡単だし今日は何を作ろうかと悩むこともない。膨大な時間が生まれたんですよね。

ベランダには家庭菜園や、干し野菜が並びます。ぬか漬けに加え、粕漬けも始められたそう。昔の知恵を活かした暮らし。

──ないと生まれる変化が必ずあって、それが面白いと思えるかどうかですよね。環境に配慮する暮らしでも、我慢だけだと苦しいものになってしまう。

減らしてみると、実はこっちのほうがよかったということはたくさんありますよね。あると工夫もしないし、自分が退化してしまうこともあります。ないということの中にも実は、宝の山が存在しているんですよね。

 

稲垣えみ子さんよりおすすめの1冊

門田幸代 「新カドタ式 生ごみでカンタン土づくり

忙しくて捨てられなかったりするとストレスだった生ゴミが、堆肥にすることによってウェルカムなものになって、宝のように思えてきました。今になって考えると、私にとってスタート地点にあたるかもしれません。

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この記事を書いた人

作家/編集者。1979年生まれ。香川県出身。『BOMB!』、『STUDIO VOICE』、写真集&書籍編集者を経てフリーに。ミニマリスト本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は25カ国語に翻訳。習慣本『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス刊)は12ヶ国語へ翻訳。