気が重いというサイン

英語留学するために、今日フィリピンに出発する。
もちろんワクワクもあるが、どちらかといえば気の重さが勝っている。日本でのんびりしていたいような気がする。

 

いつも、こんな感じだ。
アラブ首長国連邦でのトークでも、空港までの足取りは重かった。
バイクの免許を取りに行くにも、ひさびさのダイビングをするのでもそう。

気が重いのは、自分ができなくて、いろいろ不便もあって、誰かに迷惑をかけることがわかりきっているから。

最初はそんな苦しさがあるのがわかっているから、気が重くなる。楽しくなってくるのは、慣れてしばらくしてから。

そして経験が教えてくれる。気の重いことをやり遂げたあとには、ひたすら充実感がある。自分が活躍できる場所でも、慣れていることでもない、新しい挑戦をした達成感。気が重くなく、緊張もしないことは挑戦ではないのだろう。好きなことばかりをやるんじゃなくて、気が重いことばかりをやる。

 

新しい年になって、何かを始めたいと思っている人もいるだろう。自分にとってはジムに行くなんていうのはもはや当たり前の行為だが、初めて行くときには気後れしたのを覚えている。器具の使い方もわからないし、まわりは運動を続けてすごそうな人ばかりに見えるし、自分が試されているような気がしたものだ。最初はみんなそんな感じ。

 

最近、「申し込み力」という言葉を思いついた。
これやりたい! と思ったときに、とりあえず勢いで申し込んでしまう。日程を決めてしまう。いざ当日になってみたら、別に行きたくなかったりする笑。でも、もう申し込んでしまったのだから、気が重くても行くのだ。勢いさえあればなんとかなる。それが「申し込み力」。

 

気の重さは充実感の前ぶれ。そのとき「挑戦中」のシグナルが点灯しているのだ。

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この記事を書いた人

作家/編集者。1979年生まれ。香川県出身。『BOMB!』、『STUDIO VOICE』、写真集&書籍編集者を経てフリーに。ミニマリスト本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は25カ国語に翻訳。習慣本『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス刊)は12ヶ国語へ翻訳。