雨の日に家に閉じこもってPCに向き合っていると、家のチャイムが鳴った。
届いたのは、佐々木さんの本。
『goodbye, things』だ。
『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』が、英語版となって今、手元にある。
ハードカバーがずっしりと重く、英字だけのカバーは「洋書」を強く感じさせる。
鳥肌が立つほどかっこいい。
日本語版よりも「方法論」的なレイアウトが消えて、「書」という雰囲気を持っている。
日本語版が出た当時、私はそもそも佐々木さんの話し方や考え方を知っていたので、文を読んでいても佐々木さんの声が登場してしまう。
でも、英語版は各ページのタイトルを見ても、どこか知らない国の人が知らない声で語りかけてくるようだ。
英語版でミニマリズムの本が出るなんて、冷静に考えるとおかしい。
Minimalismという言葉を発見したのはアメリカのサイトで、私も佐々木さんもそれほど海外のミニマリズム事情を調べずに、言葉だけのイメージを頂いて、自分の生活に合わせてプライベートなミニマリズムを考えてきた。
アメリカから起こったミニマリズムという考えを、自分なりに解釈して日本で紹介したいというのが『ぼくモノ』のきっかけだったのだ。
それが、なぜか今アメリカで読まれている。
ニューヨーク講演もする。
佐々木さんと最初にミニマリズムの話をしたころ、彼自身が数年後にそんな人生を歩んでいるとは、絶対に想像できていない。
彼はあくまで写真集の編集者であり、活躍していたし、お酒好きの寡黙な青年だった。
2013年秋のクロアチア、ドブロブニクでの撮影に関係する、ある女性がいる。
彼女が、一ヶ月ほど前、NYから私にメールを送ってきた。
『goodbye, things』の書影だった。偶然見つけたという。
佐々木さんが最初に「ミニマリスト」という言葉に出会ったのは、その女性を主人公とする写真集の宣伝用の記事だ。
写真集の宣伝なのだから、ただその女性と撮影の裏話について書けばいいのに、私は著しく脱線してミニマリズム、ミニマリストについて書いた。
当然、「本と関係ない」という意見が出て、ボツになるところだった。が、いろいろあって、そのまま記事はアップされた。
佐々木さんはすぐにメールをしてきた。
「ミニマリストって何ですか?」
一番「関係ない」と思っていたのは、写真集の主人公の彼女である。
今思うと、申し訳ない。記事を読むと、彼女についてほとんど書いていない。
当時も私は少し気にしていて、不安だったのだろうか、佐々木さんの反応が嬉しかった記憶がある。
その後、彼女の知らぬところで、私と佐々木さんのミニマリズム談義は盛り上がっていった。
彼女はそのうちNYに移住し、佐々木さんの本のことや日本で少しミニマリストという言葉が話題になったことはあまり知らない。
それから3年が過ぎて、彼女は英語版の『ぼくモノ』を見つけたのだ。
『FUMIO SASAKI』という名前を見て驚いたという。
佐々木さんはNY講演の際に、彼女にNY案内をしてもらうだろう。
3年前にドブロブニクの海岸を何度も往復していた二人が、どうして今度はNYを歩いているのかと考えると、不思議な気分になる。
「モノや習慣を捨てたら人生が変わりますよ」とミニマリズムは人々に問いかけるが、私のまわりでそれを強烈に実証しているのが佐々木さんその人である。