人生の〆切
佐々木典士

アメリカの出版社を訪ねたとき、向こうでは入稿(印刷所に原稿をおさめる)するのは発売の半年前だと聞いてとても驚いた。日本とは配本の仕組みも違うので、発売前に書店の注文をしっかり取ったり、プロモーションの戦略を丁寧に考える必要があるのだ。

 

 

残念ながら、日本では事情が全然違う(もちろん会社によっても異なる)。

それもあって編集者時代には「締め切り」というものに散々苦しめられていた。

共感する人が多かったのだろう、マニアックかと思われた「〆切本」は多いに売れた。

 

 

締め切りがあるといつも頭の片隅に残り、目の前のことを思い切り楽しめなくなる。追い詰められてくると朝方まで会社に残ったり、物理的に寝られなくなる。

 

 

だからフリーランスになったら「締め切り」を設定しないで仕事がしたいと思った。満足いく原稿が書けたと思ったら、出版社を決めたり、発売日を決める。

 

その形に近い人もいる。

坂口恭平さんはそういうスタイルに近く、毎日書き、年に何作も小説を書いている。

 

 

髙坂勝さんの「次の時代を、先に生きる。」の編集を担当させて頂いたとき、髙坂さんが最初にはっきりおっしゃっていたのは「締め切りがないと書けない」ということだった。自分のことをよくわかってらっしゃるんだなと思った。

 

 

締め切りのない方法を模索していたが、ぼくもやはり、締め切りを設定してからのほうが仕事の効率があがった。

よく考えると、人生そのものに締め切りがあるのだと思い至った。

 

 

日々、後悔のない時間の使い方をしたいと心掛けているが、それは人生に締め切りがあるからこそ。不老不死なら「いつかやろう」を永遠に引き伸ばすのも悪くない。人生は最後に何かを提出するようなものとは違うし、理不尽に締め切りがやってくることもある。それでもどこかで終わりがある、という感覚が日常を律しているのだと思う。

 

 

仕事の締め切りは、人生のそれをもっと細分化した指標のようなものだ。

 

 

昨日は、ナナロク社という出版社の村井光男さんと、歌人の岡野大嗣さんのトークイベントに参加した。短歌の創作についていろいろ知れて面白かったが、印象に残ったひとつは村井さんがさらっとおっしゃった「編集者の役割は、お題と締め切りを設定すること」という言葉だった。

 

 

今は編集者という存在がなくても、Kindleなどで直接出版ができるし、編集者が持つ意味合いも考えざるを得ない時代だ。

 

お題を設定することとは、本人が書こうと思ってもいないテーマだったり、企画を作ること。そして締め切りを設けること。

 

ジョブズが言っていた「重力」とも近いのかなと思った。

「多くの企業は、すぐれた技術者や頭の切れる人材を大量に抱えている。でも最終的には、それを束ねる重力のようなものが必要になる」

優秀なだけでは足りず、その指針となるものと、強制力が必要になる。

 

 

以前から「デッドライン仕事術」などの言葉は知っていたのだが、それを必要とする実感がまだともなっていなかったのだと思う。

 

締め切りは手助けしてくれる天使にも、追い詰める悪魔にもなりうる。

書くべき重大なテーマが決まった後で、締め切りを設定するという順番が正しいと思っていたが、テーマを決める前に先に締め切りを決めるのもありかもしれない。霊性ではなく、締め切り効果によって導かれるテーマ。

 

 

以前、「ミニマリズムの代償」という記事を書いた。

得るためには代償を支払う必要がある。

 

 

失わず、得るものだけ得たいという、いいとこ取りはなかなかできない。

締め切りもまた、ぼくが支払わなければいけない代償のようだ。

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

作家/編集者。1979年生まれ。香川県出身。『BOMB!』、『STUDIO VOICE』、写真集&書籍編集者を経てフリーに。ミニマリスト本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は25カ国語に翻訳。習慣本『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス刊)は12ヶ国語へ翻訳。