エンプティ・スペース 013
火の番人 
沼畑直樹
Empty Space Naoki Numahata

2018年11月

11月、土日は晴れの予報。朝8時からキャンプ道具を車に積み込んで、目を覚ましたばかりの娘と妻の三人で出発する。目的地は東京と富士山を結ぶルートにある、道志川沿いのキャンプ場だ。11月のキャンプは久しぶりで、以前は布団を持ち込みしのいだが、今回はギリギリで寝袋を購入した。家族三人分、一気に荷物が増えた気がする。

それでもこのキャンプをしたかったのは、やはり寒い時期の昼間から焚き火に手をかざすというデイキャンプがいつも楽しいから。

今回は朝から晩まで、ずっと火のまえでまったりと過ごしてみたかった。

目的地までは下道でおよそ2時間。渋滞もなく順調に進むものの、途中の日野あたりで「土砂崩れで通行止め」の電子掲示板を目にする。

調べてみると、まさに目的地の手前が通行止めになっていた。

急遽予定を変更し、通行止めポイントからさらに手前の馴染みのキャンプ場に向かうことになった。

世田谷から出発している友人家族H家は、少し遅れて向かっている。

変更したキャンプ場は、二つの家族にとって、始めてデイキャンプをした場所であり、今もよくデイキャンプをやる場所。今回は新しいキャンプ場にチャレンジするつもりだったので、それぞれ残念な気持ちで向かうことになってしまった。

しかも、到着した馴染みのキャンプ場は10時の段階ですでに満杯だった。なんとか偶然見つけた小さなスペースに車を止め、H家の場所も確保できたが、ほんとうに最後の奇跡のスペース。キャンプブームを甘くみてはいけなかった。

20分ほどでH家も無事到着して、テント設営、火起こしが始まる。実は、この寒い季節に薪はたくさん必要だろうということでH家は二箱分の薪を用意。私は向かいのお隣さんが庭を手入れしているときに出た竹をもらいうけ、備えていた。

竹なんて燃やしたことはないが、お隣さんいわく「よく燃える」そうだ。

そうして始まった火遊び、野遊びだが、竹は実によく燃えた。

上にまっすぐ、細長く炎が伸びていく。動画に撮ったので何度も観ているが、ほんとに笑ってしまうほどよく燃える。

火を眺めるだけ。

それだけで時間がゆっくり過ぎていく。過ぎていくのも忘れる。

H家は持参のポットでお湯を沸かし珈琲を淹れてくれた。

お昼は木炭を入れてカップヌードルのお湯をたっぷり用意して、食後は再び薪で焚き火。

子どもたちは妻らと川で遊びにいったり、周辺で遊びまわるが、気がつけば夕方。

H家の主人と私は常に火のまわりにいて動かず、話したり話さなかったり、ただ火を眺めていた。

火の番人だ。

食事の準備がはじまり、ゆるやかに食べ始め、暗くなって火の見え方も変わってくる。

全員で火を囲んで、笑ったり食べたりしている。

子どもたちがテントに入り始め、また男二人になっても、火を眺めている。

薪や木炭の位置を変え、追加し、空気によってメラメラする揺らめきを見る。

一日中、ただ火の番をしていても、あっという間に夜になる。そんな日常は、ない。

そして気がつくと、まわりの火を囲んでいるのは自分たちだけになっていた。

昼も夜も、空を見上げると、それぞれのサイトから煙が上がっていた。

本来なら煙たがられる煙が上がっていた。

煙を上げられるなんて、ありがたい。ありがとう、キャンプ場。ありがとう、自然。

ガチガチのルールで互いを監視して生き抜く都会や住宅街では、煙なんて犯罪同然。

キャンプ場にもルールはあるけれど、そんな街の暮らしに比べたら、ほぼ100パーセント自由。

まったりとチルアウトしたい。ただそれだけなのに、自分の周辺でどれだけチャンスがあるだろう。

たとえば、家から離れた土地へ行って、昼間はのんびりホテルのテラスやカフェで過ごしたいと思っても、ホテル側はそう思っていない。

どこか観光に出かけるだろうという前提だから、そういうテラスやカフェの設定があまりない。

1泊なら3時にチェックイン、10時アウトだから、日中にホテルで過ごすことはなく、日中は掃除の時間。

日中をホテルで過ごすには2泊から。ヨーロッパにはよくある風景が、なかなかない。

観光目的の旅が日本の旅の前提だから、まったり時間はないのだ。

湖畔に別荘を持っていれば別だけど、ない。

キャンプは違う。観光目的ではない。

まったり目的だ。

目的地のキャンプ場に行き、観光はしない。そこでただゆっくりと椅子に座って過ごす。

火を眺めて過ごす。

湖畔だったら湖眺めて過ごす。

好きなものに囲まれて過ごしていると、本を読もう、ゲームしよう、テレビ観ようと夢中になるところだが、キャンプ場にはそれがない。

人は、街では何もせずに過ごすという気分にさえならない。

だから、キャンプ場と火には、礼を言うしかないのだ。

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この記事を書いた人

『最小限主義。』、写真集『ジヴェリ』『パールロード』他(Rem York Maash Haas名義)、旅ガイド『スロウリィクロアチア』他

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