山下陽光「バイトやめる学校」〜転がっている才能〜
佐々木典士

「バイトやめる学校」の著者である山下陽光さんのことは、確か坂口恭平さんの「ズームイン、服! 」で知ったように思う。

 

山下さんが作っているのは「途中でやめる」という服。

特徴的なのは「手作りで1点ものなのに、すごく安い」ということ。

 

 

古着や布のリメイクだが、今サイトを見ても1万円を超える服がなく数千円のものばかり。

アップされるとすぐに売り切れるほど人気で、そうすると値段は上げるのが普通だろうが、値段も上げず儲けもださない。

 

・6800円のワンピースを取引先で売っても利益は800円にしかならないが、それは工賃として1着2000円払っているから。

・消費税が8%に上がったときには18%値下げした。

・自分の時給を8000円にしたり、1日10万円稼ぐことも可能だがやらない。

・夫婦合わせて月収は20万円を超えないようにする。(服のモデルは奥様が担当)

 

など、徹底している。

 

「値付け」がクリエイティブ

 

普通は売るものを高くし、雇っている人には安く払い、利益を出そうとする。

しかし「途中でやめる」では安いものを売っているが、雇っている人には高いお金を払う。なぜかといえば、そのほうがおもしろいから。「人が食える状態を生み出すことが楽しい」から。

 

今クリエイティブの穴場は「値付け」だと山下さんは言う。

山下さんは「新しい骨董」というプロジェクトも立ち上げていて、そこで売られているのは街で拾われた、ひしゃげた空き缶350円や、葉っぱ350円。金継ぎされた納豆のパック2500円なんていうのもある。

買うのを遊ぶ

 

誰が買うのかと一瞬思うが、しっかり売れている。

どうしてかと考えるとそれはお客さんが「買うのを遊んでいる」から。

「買うのを遊ぶ」という感覚はよくわかる。

 

前述の坂口恭平さんのウェブショップでも娘のアオちゃんが作っているアルバムや皿が売られていて、アルバムはぼくも買った。作品もよかったが、アオちゃんが手書きで書いた宛名で送られてきたりして、それ以上の体験を買ったような感じだった。

 

知り合いがやっているクラウドファンディング、応援したい作家さんのBASE、友人がナリワイでやっている果物など、顔が見える相手にお金が直接支払えるとき、自分が単に「買った」以上のものを手にしていると思える。

お金は楽しさの一指標

 

山下さんはマーケティングではなく、1対1が大事な時代だと言っていて、手紙の重要性にもふれている。手紙というのは、大勢ではなく誰か1人を想定してカスタマイズされたものだからだ。「バイトやめる学校」の本自体もわざわざぼくが住んでいる住所のことに一言書かれて、送られてきた。

 

すごく手間だろう。でも山下さんが目指しているのは

「最大の労力で、最小の稼ぎしか得られないもの」なのだ。

 

そうすると「資本主義の人たちが一切寄ってこない」。儲からないから誰も真似をしない。だから巨大な資本にパクられたりもせず、オリジナリティは保たれる。

 

だから楽しい。自分の仕事で「人が食える楽しさ」もあるし、作る側も、お金を払う側も楽しい、幸せな経済圏が生まれる。どういうわけか、人は楽しさのすべての指標をお金に預けてしまいがちだが、お金は楽しさの指標の一部分にすぎないとぼくは思う。

自分の才能の見分け方

 

どうせ仕事するなら自分が好きなことで楽しいものにしたい。つまらないバイトはやめたい。しかし、音楽が好き、服が好き、というだけでは「好きのセンスが悪い」

 

音楽や、服はみんなが好きだし、そこから簡単に想定されるような仕事はやりたい人はごまんといて、ライバルも多い。

 

仕事というのは、人が嫌がることを代わりにやってお金をもらえるもの。

「人はめっちゃ嫌がるけど、自分はそんなに嫌じゃないよってものがあったら大事にしてください」と山下さんは言う。

 

任天堂の前岩田社長も同じようなことを言っていた。

「自分の長所を見つけるには、自分が楽にできることを探すこと。自分の労力の割に周りの人がすごくありがたがってくれたり,喜んでくれたりすることがその人の得意なことだ」と。

 

自分にとっては苦ではないが、人から見るととてもやっかいで、できたら誰かにやって欲しいもの。それがおそらく才能であり仕事になる。

 

音楽で食べていく。ということはミュージシャンになって、ライブでスポットライトを浴びるということだけではない。パイは限られていて誰もがそれを目指すのは難しい。だからと言って好きなことをあきらめなくてもいい。

 

好きなことだからといって需要がなさすぎることを始めるのも無謀だ。好きなことを続けながらその周辺で、人が嫌がっていて、自分が苦労なくできることを探す。

 

才能は天から大仰に与えられるようなものではなく、地味にその辺に転がっているものだとぼくは思っている。バイトをやめたい人だけでなく、すでに自分の職業がある人にも、とても参考になる本だと思う。

 


山下陽光「バイトやめる学校」


本筋以外の、世の中への見方も輝くようなアイデアにあふれている。
読み終わったらメルカリで売ることを推奨しているのもおもしろい。

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この記事を書いた人

作家/編集者。1979年生まれ。香川県出身。『BOMB!』、『STUDIO VOICE』、写真集&書籍編集者を経てフリーに。ミニマリスト本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は25カ国語に翻訳。習慣本『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス刊)は12ヶ国語へ翻訳。