うどんとうちわ
佐々木典士

うどん県こと香川県。

観光客向けにうどんを食べさせるお店がある。お店は繁盛している。内装も新しくキレイで、目立つ通りの入りやすい場所にあるからだ。
そこで生まれて初めてさぬきうどんを食べた観光客は大満足。

「さぬきうどんってこんな美味しいんですね!!」

お店の人もその言葉に嬉しくなり、「ありがとうございましたー!!」と威勢よく観光客を送り出す。観光客は笑顔でのれんを上げ店から出てくる。

1人の地元の男がその様子を見かけ、またかとため息をつく。
ひとつ道を裏に入ると、安くて、もっとうまいうどん屋があるからだ。
地元の男は、この店の大将と古くからの知り合いだ。

観光客の姿を見るたびに、地元の人間に聞くなり、食べログで調べるなり、もうちょっと何か方法あるだろうに、といつも思う。

地元の男は家に帰って来て、一部始終を妻に話す。

「その人がよければいいじゃありませんか」
「でもよ、なんかおかしくねぇか?」

地元の男は、大将が誰よりもうどんに情熱をかけ、日夜研究に励んでいるのを知っている。だから大将が正当な対価を受け取っていないと思う。逆に観光客向けの店が、なぜそれを受け取る資格があると思えるのか腹立たしい。

「みんなが大将のお店を知ってたら、私たちだって気軽に行けなくなるんですから」

ある時、大将にもっと値段を上げたほうがいいのではないかと助言したことがある。店の設備は古く、大将はいつもボロを着ていて、とても儲かってるようには見えない。しかし大将の答えはこうだった。

「いえ、あっしは安い値段で、腹いっぱいうどんを食べてもらうことが、何よりの喜びなんでさぁ」

この時も妻の反応は同じだった。

「その人がよければいいじゃありませんか」

地元の男もまた職人だった。作るうちわは伝統的な工法に則っていて作れる数が少なく、どうしても値段が高くなってしまう。意義ある仕事には誇りを持っている。しかしうちわに高い金を出そうという人は今は少なくなっている。自分が払っている代償に対して、正当な対価がないと感じているのは、どうやらこの男のようなのだ。

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この記事を書いた人

作家/編集者。1979年生まれ。香川県出身。『BOMB!』、『STUDIO VOICE』、写真集&書籍編集者を経てフリーに。ミニマリスト本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は25カ国語に翻訳。習慣本『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス刊)は12ヶ国語へ翻訳。